第2回 会えない人を想うときに思い出す詩
空白の時があるからこそ、一層ありがたみを感じたりすることがありますよね。
空腹ののちに口にした食べ物の美味しさ、久しぶりに実家に戻って食べる懐かしい味、会えないときが続いて、やっと向こうから手を振って歩み寄って来る人の笑顔。
考えただけで幸せな気持ちになります!
ということで、「ない」ことの尊さを感じるエミリー・ディキンソンの1859年の詩、「水は、喉の乾きが教えてくれる」を紹介します!
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Water is taught by thirst
By Emily Dickinson
Water is taught by thirst;
Land — by the Oceans passed;
Transport — by throe —
Peace, by its battles told —
Love, by memorial mold —
Birds, by the snow.
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水は、喉の乾きが教えてくれる
エミリー・ディキンソン
水は、喉の渇きが教えてくれる
陸地は、渡ってきた海原が
喜びは、苦しみが
平和は、戦いの物語が
愛は、形見となる品が
鳥は、雪が
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この詩は、簡素で清楚な佇まいが印象的ですね。そのカギは省略にあります。
日本語は省略が多くて分かりにくい言語と言われたりもしますが、英語でも省略はあります。相手にとって分かりきっていることに言及することは冗長とされ、避けようとします。
この詩では、すべての行に”is taught by”があると考えると分かりやすいですね。
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この詩の前半では、プロセスがあるからこそ得られる結果の味わいを描いています。
会えない時があるから一緒にいる時間が貴重に感じられる、上手くいかず試行錯誤したからこそ達成感が深く感じられる。
こういった日常の感慨につながりますね。
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そして、この詩の後半は、一層深いです。というか、涙なしには読めないです!
「愛(の存在)は、形見となる品が(教えてくれる)」は、誰かを永遠に失ってしまって初めて、愛していた・愛されていたことに気づくこと。
わたしたちの暮らしの中でも、そこにいない人の存在を、残されたものから感じることがあります。
消さないでいるメッセージ、使われなくなったお箸やお茶碗、座る人のいない車の助手席、そういったものから、そこにいない人の存在を感じる。
重ねた思い出や、心に刻まれた感情など、実体はないけれど確かに感じられるもの。それが消えないように、色褪せないように、折に触れて、心の中で思い描くこと。大切だなと思います。
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最終行の「鳥(の存在)は、雪が(教えてくれる)」とは、例えば、雪の上の足跡を見て、鳥がそこにいたのだと感じられること。または、一面雪に覆われ全てが静寂に包まれて、さえずる鳥がそこにいないからこそ、鳥の存在を意識させられること。
こんなに少ない言葉でもこれだけのイメージをふくらませることができる詩。そういう想像力が、人間に備わっていることに感謝ですね!
今目の前にあって、その手でつかめるものが全てではないこと。そこにはないものやプロセスを思いやることの大切さ、心や記憶の隙間を埋める想像力の大切さ。そういったものを詩は思い出させてくれる、そう思います。
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作者エミリー・ディキンソン自身、生前は無名だったのですが、没後に千を超える詩が発見され、今では歴史上偉大な詩人のひとりに数えられています。
彼女の詩は、その多くが慎ましやかで、つぶやくような詩ですが、小さな日常から人生の奥深さを感じさせ、これぞまさに詩のパワー!と言えますね。
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今回の訳のポイント
わたし自身、訳をするにあたり意識することに、「名詞を動詞的に、動詞を名詞的に」というのがあります。この詩では、”its battles told”が「語られた戦い」なのですが「戦いの物語」としました。
動詞中心の英語を、名詞中心の日本語のリズムに落とし込むことで、詩を日本語としても自然に味わえるようにできないかなといつも思います。