第1回 子どもが泣き止まないときに思い出す詩
詩は、さすらいの吟遊詩人だけのものではない、みんなのもの。わたしたちの毎日の生活の中で鼻歌のように歌うもの。そんな思いがあって、このシリーズ「今日をやさしくやわらかく みんなの詩集」を始めてみました。
せわしない日々の中で、アタマもココロも固くなっているなと感じることありますよね。仕事で必要な柔軟性や創造性を失わずにいたいけれど、どうしたらいいのかなと。そんな時こそ、詩の出番だと思います。
難しいことは置いておき、まずは「ギャン泣きしている赤ちゃん」を描いた1794年の詩を読んでみてください!
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Infant Sorrow
By William Blake
My mother groan’d! my father wept.
Into the dangerous world I leapt:
Helpless, naked, piping loud;
Like a fiend hid in a cloud.
Struggling in my fathers hands:
Striving against my swaddling bands:
Bound and weary I thought best
To sulk upon my mother’s breast
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幼児のかなしみ
ウィリアム・ブレイク
母さんは うめいて 父さんは 泣いた
この危険な世の中に ぼくが 飛び出してきたからね
ぼくは 何にもできないし 素っ裸だし ひいひい泣いてるだけ
まるで 雲に隠れた 子鬼のようさ
父さんの腕の中では じたばたと
オムツなんてのも まっぴらだ
ぐるぐる巻きにされ 疲れ果て こう思った
母さんの胸にしがみついてるしかないなって
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わたしの翻訳をつけてみましたが、一番のポイントは、赤ん坊の暴れっぷりをどう日本語訳に落とし込むかでした。特に、意識したのはオノマトペ(擬音語・擬態語)です。「ひいひい」「じたばた」「ぐるぐる」は、piping, struggling, swaddlingに対応していますが、p-/str-/sw-などの接頭辞が英語でも音のイメージを伝えています。ことばを読むだけで、イメージを膨らませることができるのが、オノマトペの力ですね。
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この詩は、1794年のウイリアム・ブレイクの詩集に収められていますが、1794年って!日本はどんな時代だろうと思って考えてみると、ペリーが日本にやって来るのはまだ50年以上も先で、江戸時代真っ只中なんです。
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そんな時代にイギリスでこんな詩が作られているなんて。出産の痛みで母親がうめいたのは良いとして、父親は「この危ない人間社会にこいつは生まれてきてしまった」と言って泣いていますから。
しかも、伝統的にキリスト教の宗教画では、子どもは雲の上の天使として描かれてきたのに、ここでは「子鬼」!顔を真っ赤にして泣き喚く赤ん坊を、ある意味、的確に表していますけど。
そして、赤ん坊を抱こうとする父親の慣れない手つきに暴れまくる。さらには、オムツでぐるぐる巻きにされ、じたばたと抵抗し続けるも、最終的には疲れ果ててあきらめたのか、母親の胸に収まる、という一連の流れ!
何か深い悲しみや理想を歌い上げるかと思いきや、まさかのほっこりする展開にクスッと笑ってしまいます。こういう意外にも身近な語りが、肩の力を抜いてくれるというか、心のガードを下げてくれますよね。
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詩の何が面白いの?と聞かれたりしますが、それは、物事を意外な角度から見ることを促してくれるから、と言えます。その意味で、詩を読むことは、ちょっと変わった友だちに会って話をすることに似ているなと思います。
自分なりに思うことがあっても、身の回りの枠組みに縛られたり、周りの人との会話では悩みが解消しなくて悶々としたり。そんな時に、ちょっと変わった友だちは、会って話をするだけで、自分とは違う経験や考え方を伝えてくれるので、なるほど!と妙に納得出来たり、よしこれで大丈夫!と元気と勇気がリンリン湧いてきたり。
そんな風に、詩という変わった友だちから、わたしが教えてもらったことがたくさんあります。それを紹介していきたいと思います!