バイリンガル
年末年始を、実家のある奈良で過ごしている。
「奈良出身なので」と東京での知人・友人に言うと、驚く人が多い。
「言葉に全然出ませんねぇ」と言われる。
「ええ、父が関東出身なので私はバイリンガルです」と答えておく。
普段東京にいるときは、たまたま近所に住む大学時代の友人を除いて、誰とでもほぼ標準語に近い言葉で話しているが、実家に戻ると当然、関西弁になる。息子とは、ここでも標準語もどき。
関西出身じゃない人は、関西弁というと奈良も大阪も同じだと思う人がほとんどで、明石家さんまのような「〜でっせ」といった口調で誰もが喋っていると勘違いしている。ついでに京都の人は「〜どすえ」と喋る、と思っているらしい。断じてそんなことはない。大阪人でも「〜でっせ」と喋るのは、年寄りと商売人など一部の人。ただし、さんまは奈良出身。「〜でっせ」は吉本興業のビジネスツールだと思って欲しい。奈良選出で今をときめく民主党の馬渕澄夫議員は私と同じ団地生まれだが、国土交通委員会の証人喚問で「指示ちゃいまんの!」とは叫ばなかった。俳優の八嶋智人は同じ中学・高校の出身だけど、「『80へぇ』でんねん」と言ったりしない。漫才の「笑い飯」の髪の長い方も同窓だけど、あの人は……う〜ん、どうだっけ。
大学を出て入社した大阪の会社で最初に配属された部署では、商人言葉を使う業者が出入りしていたためか、社内の人も「〜でっせ」「〜しなはれ」とやっていた。生まれて初めてそういう言葉を喋る環境に出会った私もすぐに、その喋り方をマスターした。20代前半の女の子が「そら、あきまへんって!」などと喋る姿も異様だったかもしれないが。
数年後に米国を経由して東京に異動したら、当然周囲は標準語なので私も標準語に。ある日、関西時代の同僚から社内電話がかかってきたので話し込んでいて、受話器を置いたら周囲が「し〜〜ん」としているのに気付く。私のコテコテの関西弁に思わず聞き耳を立てていたらしい。「へぇ〜、関西の人なんだぁ」「吉本みたーい」と口々に。やかましわ、放っといてんか!
これに似た体験がニューヨークであった。会社の休憩時間中に、ミシシッピ州のハティスバーグという小さな町でしばらく暮していた頃の知人と電話で喋っていた。受話器を置くと隣の席で同僚がおかしな顔をしている。「どうして南部訛りで喋るの?」と。どうやら南部訛りがうつってしまっていたらしい。サウス・キャロライナ出身の同僚にしてみれば、日本人の私がいきなりフォレスト・ガンプ喋りをしたのだから、さぞ奇妙に聞こえたのだろう。ダニエル・カールの逆バージョンだ。なぜだろう。日本語でも相手の方言がすぐうつってしまう傾向があり、大学時代に名古屋出身の子と仲良くなると名古屋弁が、広島出身の子と同じゼミになると広島弁が、少しうつってしまってよく笑われた。相手が替わるとその方言はもう喋れない。ときどき「関西弁喋ってみて」と頼まれることがあるけれど、相手も関西弁で喋ってくれなければうまく喋ることができない。私にとって会話は相手とのキャッチボールなのだと思う。相手が野球のボールを投げているのに、いきなりバスケットボールを投げ返すことはできない。なので、私のコテコテの関西弁を聞きたい方は、まず関西弁をマスターしてください。
関西土産、「近畿限定たこ焼き味ジャイアントプリッツ」のパッケージをお見せしましょう。どんな味か自分でまだ試していないけど。