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スルーする

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

息子の新学期を控えて学校で使う雑巾を縫おうと、めったに使わない裁縫箱を開けると、自分が小学校の家庭科で使った糸巻きが。当時の糸巻きはプラスチックじゃなくて木製。古めかしい活字で「カタン糸50番」と書いたラベルが貼られている。ふと気づいた。「カタン」は cotton のカタカナ表記だと。今なら「コットン」だろうけど、昔の表記のほうが本来の発音に近いなぁ。そういえば「ミシン」だって machine から、というのは有名な話。それで思い出したのが、以前、マーケティング関連の文書を英訳していて出会った、放送業界の「クール」という言葉。最近ではテレビなどでもよく「番組の視聴率が不振で1クールで打ち切りになった」といった文脈で使われたりする。テレビの世界では1年を4つの期間に区切って番組を編成していて、その1つの期間をクールと呼んでいる。これが実は、「四半期」を意味する quarter からきている、というのだ。確かに、アメリカ人式の発音でいえば「クール」と聞こえなくはない。
そういう風に耳から入ってくる音に忠実にカタカナ表記されているものもあるけれど、間違ったままカタカナにしちゃっているものも結構ある。気になるところでは simulation を「シュミレーション」と言う人。もっと驚くのはbed が「ベット」。simulation はともかく、bed は義務教育で習うはずだろう、と思うけど。
発音だけじゃなく、勝手に言葉を作っちゃうパターンもある。近頃、「スルーする」という表現を時々耳にするが、「通過させる」「見過ごす」という意味らしい。「構造計算書の偽装をそのままスルーさせた確認検査機関が悪い」といった感じで使われる。どうも through から作った言葉のようだが、言うまでもなく through は副詞とか形容詞であって動詞や名詞じゃない。意味としても go through なら、一通りの手続きを踏むとか、何か大変なことを経験する、切り抜ける、といった意味で、「簡単に素通りする」とは違う。
ホイットニー・ヒューストン は Why Does It Hurt So Bad で ¥¥t
When I think of all the things you put me through
Leaving you has been the best thing for me…
と歌っているし。
through を使った表現で好きなのは、get me through。
サンドラ・ブロック主演の「While You Were Sleeping (あなたが寝ている間に)」で、サンドラ扮するルーシーが事故で助けた憧れの男性ピーター。感謝した彼の家族と親しくなり、ピーターの父親オックスの友人ソウルがルーシーに、「2年前に妻を病気で亡くして辛かったが、親友オックスが支えて乗り越えさせてくれた」と語る時。
He got me through.
う〜ん、いい表現。
たった4語と短いけれど、うつむき加減のソウルの背にオックスが手を当て、もう片方でソウルの手を握って一緒に歩いているような姿が目に浮かんでしまう。
偽造を「スルーさせる」とは、ちょっと違う。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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