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そら恐ろしい

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

先日、とある取引先さんに「新年会ティーパーティ」なるものにご招待いただいて、出かけてきた。

場所は新宿三丁目、伊勢丹の隣にあるお紅茶の専門店2階。こんなところにこんなお店があるのも知らなかったが(新宿方面に出るのは夜の席が多いもので)、メニューに書かれた紅茶の種類の多さにも圧倒された。軽く100はあった。一緒にいただいたフルーツタルトも大変美味しく、平日の午後にこんなところで優雅にお茶をいただくなんて、普段の半ひきこもり生活からは考えられない幸せを感じてしまう。

その取引先では、翻訳コンテストの審査のような仕事をさせていただいているのだが、審査が終わってから、課題のモデル翻訳文や応募作への全体的な講評も、私が書く。そもそも他の方の翻訳を私ごときが甲乙つけるなんて許されるのだろうか、と常日頃感じていた。ティーパーティでは、私以外の審査員の方たちに加え、モデル翻訳・講評をチェックして最終的にOKを出してくださる監修の先生、そして編集長もいらしていた。お二方とも大ベテランでその業界では知る人ぞ知る、大変偉い方々である。そのお二方が口を揃えて「こんな、そら恐ろしい仕事」と、この仕事を表現される。「どんなに精査・吟味しても、それでも誤訳は必ず出ますから。」

ああ、そうなのだ。本当にそら恐ろしい。
以前、ある有名な陶芸家の話が課題文だった時、metal kidney という陶芸の道具が出てきた。kidney というからには、腎臓のような形なのかと想像は出来るが、あちこちの辞書をあたっても訳語は出てこない。インターネットで「メタル キドニー」と打ち込んでも同じ。metal kidney と打ち込めばようやく、陶芸道具を売っているらしき海外サイトで写真入のものが紹介されていた。やはりソラマメの断面のような形をした金属製のコテの一種だったが、これを日本語で何というのかが分からない。日本の陶芸道具を販売するサイトで、似たような物は見つかったが同じ物かどうか分からないし、呼び名も「アルミ/ステンレスこて」となっていたり、単に「こて」でおしまいだったり。しかし「こて」には、キドニー型以外に実に様々な形があるようだ。生憎、陶芸家に知人はおらず確認もできなかったので、「メタル・キドニー」として、(金属製のコテの一種)と説明を入れ、監修の先生にもこれでGOを出してもらったが、これでよかったのか。「キドニー型の金属製コテ」としたほうがよくはなかったか。いやそれではやはり、訳文のリズムを損なうか……。

こういった、たとえ訳文の大きな流れにはたいした影響を与えない言葉でも、たった1語の訳語のために何日も悩むこともある。それでも答えが出ずに悩んだままのこともあるし、ひょっとすると悩まずに訳した部分でとんでもない思い込みがあったかもしれない。まあ、監修の先生がその点は責任をもってチェックしてくださるので、そら恐ろしさの半分以上は背負っていただいてはいるのだが。

翻訳の仕事をしている限り、このそら恐ろしさから解放されることはないのだろう。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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