BLOG&NEWS

誰か、止めてー!

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

以前もどこかで文句を言った、もとい、言及したかもしれないが、IT 関連ほど、新しい言葉をどんどん作ってくれる分野はない。その多くが英語で作られるので、これを日本語に翻訳すると、「これが日本語か?」と愕然とするほど、妙ちきりんな文章が出来上がることがある。
たとえば、こんな具合だ。
「CA証明書にバインドされる公開鍵は、証明書の署名および、CRLなどのステータス情報のためにのみ使用され、その被認証者公開鍵が他の証明書の有効性を確認するために使用されるCA証明書は、xxxx ビットをアサートするものとする。」
これは、公開鍵を用いた認証に関する規程の文章だが、こういった日進月歩で新しい技術や概念が作られている世界では、言葉のほうが追いつかない感がある。
「バックアップ」とか「アーカイブ」のように、IT/コンピュータ分野で使用されてかなりの年月が経ち、専門家ではなく一般の人でも、かなりの割合でこの言葉が理解できる程度に成長したボキャブラリはいいのだが、翻訳する時に悩むのは、使用され始めて日の浅いボキャブラリだ。
たとえば entity という言葉は、上記のような「認証」の分野で使われるときは、「エンティティ」とカタカナでそのまま表記した方がよい場合があり、これを「組織」とか「事業体」などと訳してしまうと、正しい意味が伝わらなくなってしまう。翻訳者として日本語を大切にしよう、なるべく安易なカタカナ語の使用は控えよう、と常日頃、心掛けているつもりでも、こういう場面ではお手上げである。
あるいは、情報システムのセキュリティに関する文書で、secure という形容詞が使われているときも、カタカナへの抵抗を示そうと「安全な」という訳語をあてながら文書を訳しているうちに、secure and safe firewall system なんて、イジワルな表現が出てきて絶句する。もう、「安全な」は使っちゃったよ。最初から、今流行の「セキュアな」ってカタカナ語にしておけばよかった……。
カタカナにするかしないかの悩みだけではない。
「認証」と訳される単語だけでも、certification, authentication, accreditation などがある。ただし3つ目の accreditation は、情報技術分野での「認証」という意味では、前者2つよりも使用頻度が低いようではあるが。
name space は「名前空間」、re-key は「鍵の交換」、common name は「コモン・ネーム」、subject alternative name は「被認証者別名」、extension は「拡張」……、ああ、誰かコンピュータの開発を止めて!
もう、私たちは充分便利ですから、これ以上便利にしなくていいですから、もう難しいコンピュータの機能やシステムもこれ以上はいりませんから、古くからの日本語の語彙では到底カバーしきれない新しい概念や機能を作り出すのは、止めてー!

Written by

記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

END