ターミノロジー
先日、息子を連れて大相撲初場所を見るために国技館に行ってきた。生で相撲を見るのは初めてだが、子どもの頃は先代貴乃花のファンだった母と一緒に毎場所欠かさずTVで中継を見ていた。以来、○十年ぶりくらいでじっくり相撲を見たのだが、昔とった杵柄とはこういうものか、勝負が決まるたびに無意識にすらすらと「あー、引き落とし」とか、「上手投げ!」とか「はたきこみかぁ」などと言ってしまっていた。生まれて初めて相撲を観た息子は、今まで母親が口にするのを聞いたこともないような言葉が出てくるものだから、横で目を丸くしていた。「立合いって何?」「じゅうりょうは?」「決まり手ってどういう意味?」と質問攻め。
思えば、相撲用語は「中入り」だの「幕の内」だのと特殊で普段口にしない言葉も多い。TV中継の解説を聞いたって「今のは左を差してから上手くおっつけて……」なんて言われても、「差す」とか「おっつけ」がどんな技なのかを知らなければ意味が分からない。
だが実は、相撲用語には普段の生活で何気なく使ってしまっている表現がたくさんあるのだ。
「そんなのまだまだ序の口よ。」
「田中派と竹下派の派閥争いは、田中派に軍配が上がった。」
「県警の今回の捜査は、結果的に勇み足だった。」
「新しいプロジェクトは、途中で腰砕けになっちゃった。」
「伯母は隣家に怒鳴り込んだけど、相手が留守で肩透かしを食らったの。」
「今回は失敗したけど、仕切り直してまた頑張ろう」
英語ではよく野球用語 (ball park figure、rain check など)が日常の慣用語として定着しているが、日本語でも同じようなことがあるんだと今さらながら気付いた。
それとは逆に(というのかどうか?)、一般的な意味とは違う意味や訳語になる言葉もある。
たとえば offering。普通は「提供すること/もの」といった意味になるが、金融用語としては、株式の「公開」とか「募集」と訳さないといけないことがある。法律用語でも consideration (「考慮」じゃなくて「約因」 )とか、construction (「建設」じゃなくて「解釈」) といった用語がある。
あるいは、意味が違うわけじゃないのだけれど、特殊な領域で使われる場合に特定の訳語を選択しないといけないこともある。たとえば先日仕事で扱った文書だが、看護士やヘルスケアサービスの疾病管理という領域の話で、患者が医師から言われた療法や生活改善法をどれだけ守るかという意味で adherence という用語が頻出する文書があった。これを「順守」とか「守ること」などと訳しても間違いではないけれど、専門用語としてはカタカナで「アドヒアランス」と言ってしまっている。
こういった特殊な使い方、訳し方、意味を知っていればいいが、知らない場合もある。知らなくても訳しながらどこかで気付けばいいのだが、どうすれば見落とすことなく気付くことができるかは、もうマニュアルなんてないので日々勉強するしかないだろう。言葉は日進月歩で変化・進化するので、明日になったらもう新しいボキャブラリーが誕生しているかもしれない。とても辞書だけに頼っているわけにはいかないから、やっぱりひたすら勉強するしかない。終わることのない勉強。ゴールのない世界。好きでなければやってられないな。