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視点の置き方

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

毎日の生活の中で、私たちの頭の中には能動的または受動的にいろいろな情報が入ってくる。その取捨選択や受け止め方が難しいなと思うことがちょくちょくある。
たとえば最近ニュースで話題になっている、金属製品盗難事件。「アルミや銅やステンレスの製品が盗まれている」「お寺の屋根や通信ケーブルや公園の滑り台まで盗まれた」という。これらの情報は多分事実だろう。だがこれに関連して、とある民法キー局で「中国では空前の建設ラッシュで、金属の価格が高騰しているらしい」という「情報」を、これって中国かなぁと思われる映像と一緒に流していた。このニュースの後、たまたま会って話した人が何人か、「あれって中国人が盗んでるんでしょ?」と言うのを聞いた。番組ではまだ「中国人の窃盗団が捕まった」とか、「盗まれた製品が中国で発見された」とは報道していなかった。でも、前述のような情報の扱い方をすれば、受け手は2つの情報の関連付けを行って、「盗まれた金属は中国に運ばれている、だから中国人が盗ったのだ」と思ってしまう。
怖い、と思う。
翻訳の仕事の中でも、情報の扱い方は注意が必要だ。
最近扱った仕事の中で、ライナス・ポーリングという人名が登場した。その仕事は同じマテリアルを複数の人が翻訳したものを採点・評価するという仕事だったのだが、ほとんどの人がライナス・ポーリングを「ノーベル化学賞を受賞した科学者」と説明する一方で、「ビタミンCの効用を説いて広めた人」と書いた人もいた。どちらも嘘ではない、事実なのだが、ある物事に関する情報を捉える角度が異なると、発信される情報がどれだけ変わってしまうかということの良い例だなと思う。そのマテリアルはマネジメントに関するビジネス書だったので、前述のどちらの説明がふさわしいか、という判断の問題もある。また、もう少し詳しく調べれば、ライナス・ポーリングは化学賞の後にノーベル平和賞も受賞していることが分かる。まったく異なる分野の2つのノーベル賞を受賞したという重大な情報が抜け落ちているというのも問題だ。
翻訳は、与えられた原文に書いてあることのみを忠実に訳すだけという仕事ではない。いや、アウトプットとしてはそれでいいのだが、その前段階のインプットとして、書かれてあることを理解するための知識や、書かれていないことを補足するための情報、訳文の文体や訳語を選ぶために、どういった類の人が読者として想定されているのかという情報も必要になる。
その情報の取捨選択や、自分の中への取り込み方を間違わないよう、自分の視点は偏っていないかという自問自答を繰り返す姿勢も、翻訳者として必要だと思っている。
なんだか今日は、まじめな話になったナ。

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記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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