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謝るべきか否か

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

同業者が集まるネット上の場所で、クライアントとのトラブルにどう対処すれば良いかという悩みが投稿されていた。その翻訳者さんはメールで仕事の打診をもらったが、納期日程が自分の旅行と重なってしまったのでその旨を伝える返信を打った。旅行を終えて帰宅してもその返信に対する応答が何も来ていなかったので、その話はもう終わったものと考えていた。するとしばらくして「あの仕事の納品が来ない、どうなってるんだ」という問い合わせがきた。クライアントによると、翻訳者さんの旅行中に、日程を修正した納期で依頼のメールを送ったという。そのメールは届いていなかったのだがクライアントさん側は翻訳者からOKともNOとも返信が来ていないのに、勝手にOKと思い込んでいたらしい。翻訳者さんは「自分に非はないのに謝るべきだろうか」と悩んでおられた。よくありそうで、難しい問題である。
他の同業者さんはみな、「謝る必要はない」と助言されていたし、後日、事情を説明した翻訳者さんのところにクライアントから「分かった」といった返事が来て、その後も仕事の依頼があったそうなので、今回はクライアント側の確認不足ということで一件落着したようだった。
それでも私は実は「謝るべき」と回答しそうになっていた。
なぜか。
1つは、私が社会人駆け出しの頃に某百貨店に勤めた経験があることから、いわゆる「お客様は神様です」精神が染み付いているせいだろう。クライアントがいくら無理難題を言ってこようが、そのクライアントと今後も仕事を続けたいと思うなら、謝るほうがいいのである。そんなところでどっちが正しいかなんて白黒つけたって満足するのは自分だけ。それも一時的な満足に過ぎない。間違いをあからさまに指摘されて良い気分になる人間はあまりいないだろうし、クライアントの担当者さんは相手を逆恨みするほどの困った人でなくても、ちょっと気まずいナなんて感じて、以後、その翻訳者に連絡を取らなくなるなんてことが起こらないとも限らない。そこまでされなくても、お互い何となくやりにくくなったりするかもしれない。ここは大人になって謝り、相手に花を持たせる。そのうち気づく人は気づくだろうから、それでいいのである。気づかない人はきっと明確に指摘されても気づかない。
もう1つの理由は、確かに上記の例で、翻訳者さんは旅行の日程を示してお断りは入れた。だが、それに対するクライアント側からの応答がないと分かった時点で、やはりもう一度確認すべきだった。「先日はお断りして申し訳ありませんでした」とか、「あの件は大丈夫だったのでしょうか」とか。たとえ依頼を断る返事をしても、普通はクライアントさんから「了解しました、では次回またよろしく」といった返信が来る。それが来ていないということは、要注意だ。所詮、メールでのやり取り。今回クライアントからのメールが届いていなかったのと同様、自分の断りのメールも届いていなかったかもしれない。メールでのコミュニケーションの場合はとくに何かの行き違いがあるかもと考えておくほうがいいのだ。
さらに、クライアントが翻訳会社で、その先にエンドユーザがいる場合、要はその仕事を取ってきてくれたのはクライアントの営業さんだ。これも私が外勤の営業をやったことがあるから思うことかもしれないが、1件の仕事をもらうためにどれだけ足を運んだり電話したり苦労するかを翻訳者も意識しておいて損はない。自分も翻訳会社に営業をしたかもしれないが、それなら尚更そのことを考えよう。決して、自分のところに仕事の依頼が来るのは自分の実力だ、翻訳者として力があるからだなんて思わないほうがいい。卑屈になる必要はないけれど、感謝していたほうが自分にとっても気分が良い。もしかしたら営業さんが100回も足を運んでやっともらった最初の仕事だったかもしれないのだ。自分にとってはたくさん来る依頼の1つであったとしても。
どんな人でもミスはある。お互いにそう思って仕事をしていればそもそも間違いは起こりにくいが、せめて自分だけでもそう思いながら仕事をしたほうがスムーズにことが運びやすいのではないだろうか。
ただし、こういう考え方は実に日本的なので、海外のクライアントには余り通用しないかもしれない。下手に謝ったらこっちが責任を認めたことになって逆に大事になる可能性もあるかもしれない、と申し上げておこう。ちなみに上記の悩みのクライアントも海外の会社だったそうだ。だから私も「謝るべき」とは書き込まなかったし、謝らなくても事態は解決したのかもしれない。

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記事を書いた人

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日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

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