BLOG&NEWS

夕陽のガンマン

the apple of my eye

通訳・翻訳者リレーブログ

えー、先週は尻もち事故救急車搬送事件でご心配をおかけしました。幸い、GW中にしっかり休んで今週から無事、復帰。

というわけで、本題ですが。
翻訳をしていていると、もともと日本語にはない概念や存在の言葉、あるいはニュアンスの異なる言葉を訳すのに悩むことがある。
先日の米バージニア州での銃乱射事件では、犯人を gunman と表現する人やニュース記事が多かった。これを「ガンマン」と訳すと変なのは自明である。クリント・イーストウッド主演のマカロニ・ウェスタンの名作『夕陽のガンマン』じゃないんだから。夕陽のガンマンの「ガンマン」は、「殺し屋」「銃の名手」といった意味。バージニア事件の gunman は、「武装犯人」と訳すべきなんだろう。でも「武装犯人」では gunman のように“銃を持っている”というイメージが明確に出ない。刃物や爆発物で武装していても「武装犯人」だから。「銃」の意味を出したいと思ったら日本語では「銃を持った/銃で武装した男」くらいにしかならない。これはやはり文化の違いだなぁと思うわけである。銃を持つという行為が通常は頻繁に見られない日本という国と、一般市民が日常的に銃を持つことが合法であるアメリカという国の。これに似たことで、militia という言葉も訳し難い。正規軍に対する「民兵」「市民軍」。これもアメリカには伝統的かつ日常的に存在するものだが、近代日本ではこんな存在がないから、「民兵」と訳してもピンとこないのではないか。さらに、militia group というと、特定勢力が抱える武装集団のことで、アフガニスタンのタリバンやレバノンのヒズボラなどはその巨大版だ。
それとは逆に、日本の報道記事でよく使われる「包丁男」という表現(ね、「銃男」とは言わないでしょ? あ、でも「爆弾男」は言いますね……)。一応英語でも knifeman という言葉はある。でも「包丁」は台所で使われる刃物を指し、knife にはその他さまざまなナイフも含まれるから、台所から包丁を持ち出してきたという、なんというか所帯染みたようなニュアンスが伝わらないなぁ、などと悩むのである。
security も場面によって使い分けが必要。単純に「安全(性)」などと訳そうとすると、safety and security のように、似ているが意味が微妙に異なる言葉と対になって使われたりするため、後者を「セキュリティ」とカタカナにする。カタカナにすると、これは犯罪から身を守る、防犯という意味や、最近ではコンピュータへの不正アクセスやデータ改ざん、情報漏えいなどを防止する意味に特定して使用されることもある。形容詞的に「セキュアな環境」と言ってしまったりもする。security が国家間の話になると、これは「安全保障」であるし。
そんなことを考えるきっかけとなった gunman という言葉だが、『夕陽のガンマン』の原題には実は gunman なんて含まれていない。原題は For A Few Dollars More なのだ。この作品は『荒野の用心棒』の続編なのだが、こちらも原題には「用心棒」なんて入っておらず、A Fistful of Dollars。これに『荒野の用心棒』という邦題をつけたのは、内容が黒澤明監督の『用心棒』と同じだから。セルジオ・レオーネ監督が黒澤監督の大ファンなんだとか。納得できない邦題も多々あるけれど、この2つの邦題は「ガンマン」というカタカナ造語も含め、なかなか大胆でいて絶妙だと思う。

Written by

記事を書いた人

the apple of my eye

日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中!

END