大学生の初同時通訳
私が大学で教えている授業のことは、これまでに何度かこちらのブログで書きました。先日の授業で初めて、数人の学生に教室内の同時通訳ブースに入ってもらい、他の受講者の前で同時通訳をしてもらいました。既に今学期の同時通訳訓練で使った教材を使用し、スクリプトも音声も授業のサイトから自由に入手できるため、「ぶっつけ本番の生同時通訳」と言うわけではありませんが、通訳講座を4月に初めて履修した学生にとって、たった2ヵ月後にブースに入る、というのはいい経験だったに違いありません。
教材となったのは3本のインタビュー。1人目はトム・ハンクスです。数年前のインタビューですが、非常に奥の深いメッセージが込められています。2人目はカルロス・ゴーン。ネイティブスピーカーの喋る英語ばかり聞いていると、現場の多種多様な英語にはなれることができませんから、私の授業では積極的に英語を母国語としない人々のスピーチを使っています。ゴーン氏が語る理想的な経営者像というのが、非常に面白いスピーチです。最後はソフィー・フロイト。有名な心理学者、フロイトの孫であり、本人も心理学者です。
授業ではそれぞれのスピーカーに3人の学生を割り振り、合計9人の学生がブースを体験しました。既に通訳学習歴が数年になる学生は、非常にスムーズに訳出を行なっておりました。しかしそれにも負けないくらい頑張っていたのは、まだ学習を始めて3ヶ月も経っていない学生たちです。ブースに入るだけで緊張し、友達にそれを聞かれるという意識で余計に緊張し、そして初めて体験する人前での同時通訳という理由での緊張と、3重の緊張であったと思いますが、非常に優れたパフォーマンスを見せてくれました。
もちろん教材はずっと前からオンラインになっており、ベタ訳を作成したり、何度も練習する機会があったからこそ、優れたパフォーマンスができたのでしょう。ぶっつけ本番であったら、マイクを前に黙ってしまう学生がいたかもしれません。しかしどんなに優れた通訳者も事前勉強無しによいパフォーマンスはできません。私が非常に嬉しかったのは、ほとんどの学生がとても熱心に準備をしてきてくれたことです。
たった2ヶ月ですが、学習成果も見えました。これまで何度も「聴衆の中には、あなたの訳だけに頼っている人がいるのです。100%訳すことができなくても、最低限、一番大切なメッセージだけでも伝えましょう。伝えたい、という気持ちを持って、聴衆にメッセージを届けてください。」と教えてきました。私も時に頭の中が「???」となることがあります。しかし「すみません、分かりませんでした」ということも、無音で時を過ごすこともできません。大切なのは、100の情報を10に凝縮したとしても、できる限りの力を使って重要なメッセージを伝えることです。これまでそれを意識してきた学生の同時通訳パフォーマンスには、その姿が見て取れました。オリジナルの英語と学生の日本語訳を比べたら、情報量は3分の1位だったこともありました。しかし、大切な3分の1をきちんと、丁寧に訳していました。実際に通訳を目指さない学生もいますが、この経験が何らかのプラスの影響となることを願っています。