「あ、これは訳さないでいいです・・・」
通訳者として企業間の交渉や会議に参加すると、両企業の利害が衝突し、必ずしも和気藹々と会議が進まない状態に直面することが多くあります。そんな時、通訳者として「これはダメだ!」「そんなことを言われても困る!」と日頃の鬱憤を晴らすかのごとく、感情を込めて訳をするのですが、何よりも困るのは、突然の内輪の話し合い。
逐次通訳で会議を進めていると、突然日本側企業の出席者数人が内輪で話し合いをはじめ、気がつくと「あ、これは訳さないでいいですから」なんて言われてしまいます。相手側の外国人が日本語を解さないことをいいことに、平気で目の前で「ここまでは譲れるけど、これ以上はムリだな」とか「ここまでは譲るとして、この額をとりあえず提示してみるか」といった話をしていることがあります。その間、外国人は「一体何が起きているの?」と通訳者である私を見つめるばかり。「訳すな」と言われてしまえば、訳すわけにはいきません。しかし相手を無視するわけにもいかない。仕方なく「内部の打ち合わせです」と、様子を見ればわかるだけの事実を伝えて、その場をしのぎます。先日の会議では、それが午前中だけでに何度も繰り返されました。
これでは合意に至る話も決裂してしまうのでは、と心配になりました。もちろん、突然の内輪の打ち合わせはこれまでに何度もありましたが、これほど頻繁に会議中に発生することは無く、明らかに相手側企業は日本側への信頼を疑問視している様子。もちろん、内輪の話が悪いのではありません。交渉をすれば、駆け引きがあるのは当然です。内部で意志の確認をすることも大切でしょう。しかし、そんな時は「ちょっと、内部で話をさせてください」と通訳を通して断るのがマナーではないでしょうか? そうすれば、相手も理解してくれるはずです。
そこで私は「差し出がましいかな?」と思いながらも、昼休みに日本側の代表者に考えを伝えてみました。するとその方からは、「ああ、確かにそうですね。全く考えていませんでした。」と思わぬ返答。午後のセッションが始まると同時に、「午前中は日本側が失礼をいたしました。国際的なコミュニケーションに対する理解と注意が欠けておりました。」とコメントをなされました。それ以降は、あたかもシナリオがきちんと書かれていたかのように交渉は無事に進んでいきました。
シビアなビジネス会議も、やはり人と人とのつながりです。個人が相手を信用できなくなれば、どんなに優れた数値も、データも、分析結果も意味を成しません。逆に信頼関係が構築されていれば、ちょっとした業績の悪化も、「一緒に頑張りましょう」となるはずです。通訳者を連れてこれば、国際会議がスムーズに行く、というわけではない点が難しいところですが、通訳者として、少しでもそのお手伝いが出来れば素晴らしい、と心を新たにした経験でした。