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通訳者の与える安心感

Hubbub from the Hub

通訳・翻訳者リレーブログ

私はこれまでに何度か通訳者のお世話になったことがあります。カナダの学会で発表すれば、私の英語のプレゼンはフランス語に同時通訳されます。アメリカでスピーチをすれば、それが日本語を含む別言語に通訳されることもあります。逐次通訳でなければ、自分のスピーチがどのように訳されているのかを知る機会はありません。それでも安心してスピーチやプレゼンテーションを行える場合と、通訳ブースばかり気になってしまう場合があります。自分が通訳者であれば、スピーカーに安心感を持って欲しいものです。自分の経験から、どのような通訳者がスピーカーに安心感を与えられるのか、考えてみました。

何より大切なのはやはり第1印象。人を見かけで判断してはいけませんが、「今日の通訳を担当します」と打ち合わせに現れた通訳者が汗だくだったり、その人の開いているカバンから資料が乱雑に見えたりすると、「焦ってきたみたいだけど、大丈夫かな? 本当に資料は読んであるかな?」と思ってしまいます。個人差もあるでしょうが、どちらかというと私はフォーマルすぎない通訳者に安心感を感じます。自然体の通訳者のほうが、柔軟性がありそうで安心します。逆に型にはまりきった(という印象を与える)通訳者だと、「何かトラブルがあったときに、柔軟に対応してくれるかな?」と思ってしまいます。

打ち合わせを始める前に、カバンから取り出す資料にも安心感のヒントは隠されています。きれいなクリアファイルに入ったままで、何の書き込みも、アンダーラインも無い資料だと、やはり事前勉強があったのか不安になります。私がアメリカで大学生を教えていた時、期末テスト終了後に教科書を古本屋に売ることが出来るよう、まったく教科書に書き込みをせず、新品同様の教科書を持っている学生がいました。沢山勉強をしてきたのかもしれませんが、心理的なメッセージが違います。

第1印象についで重要なのは、打ち合わせ時の質問内容。「これくらいGoogleで検索すれば、すぐに答が出るでしょう」という質問が続くと、心配になります。しかし鋭い質問があれば、「お、なかなかやるな」と信頼感が生まれます。質問事項を一覧にしてあると、やはり安心につながります。どんなに通訳者が勉強をしても、通訳者は分野の専門家ではありません。これは通訳者としていつも感じることであると同時に、多くの専門家が理解していることです(そうでない人も沢山いますが)。ですから、積極的に質問をされると通訳者の熱意を感じることになります。また、「あ、この点をもっと詳しく言ったほうがよさそうだ」と感じれば実際のプレゼンでも説明を詳細に行って、通訳がしやすくなるという利点もあります。

最後は打ち合わせの終了後。「説明を聞いても、やっぱりよくわからなかった」「大丈夫かな?」と思っても、「説明ありがとうございました。プレゼンを楽しみにしています。」と言われれば、スピーカーは安心します。最後も笑顔で締めくくってくれれば、「通訳は任せよう!」という気持ちになります。

これらのことは見せかけの魔術でも、姑息な手段でもありません。自分がスピーカーになった場合に強く感じるのは、「私はこのプレゼンを作るのに10時間をかけた」とか、学会であれば「この10分間のプレゼンは、過去18ヶ月のリサーチの集大成だ」ということです。自分の大切な創造物をその日の朝に会ったばかりの人に託す、というのは簡単なことではありません。それだけ大切な役割を担う通訳者です。スピーカーが気持ちよくプレゼンテーションを行える環境を整えられれば、通訳者にとってもスピーカーにとっても、そして聴衆にとってもプラスになるでしょう。

さて、昨年の春から毎週投稿させていただいておりましたが、今回で最終回となります。9月からミシガンで研究生活に入り、皆さんの関心の的となる通訳の最新情報を提供するには、必ずしも望ましい環境ではなくなってしまいます。もちろん定期的に通訳は行いますが…… 思いつくままに投稿してまいりましたが、何かのお役に立てていれば幸いです。ありがとうございました。

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記事を書いた人

Hubbub from the Hub

幼い頃から英語に触れ、大学在学中よりフリーランス会議通訳者として活躍、現在は米国大学院に籍を置き、研究生活と通訳の二束のわらじをはいている。

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