修羅場(国連編)
知り合いのスペイン語・英語の国連翻訳者から国連会議での通訳に纏わる興味深い話を聞きました。国連決議の翻訳を担当する彼女は暇をみては、しばしば国連での会議を傍聴するそうです。通常、決議の翻訳作業は議論そのものの臨場感が味わえません。だからこそ自らの翻訳の質向上と意欲促進のために、無理してでも時間を作り傍聴するのは価値があると主張します。どの分野でもこういうさりげないプロとしての姿勢は見習いたいものです。
さて、先日、彼女が傍聴したのはアラビア語圏の某国が議長を務める会議。2名のアラビア語通訳者が中心となったリレー通訳は総じて見事だったとのこと。1名のターゲット言語が英語、もう1名はフランス語と異なるものの、通訳者交代の際も混乱することなく、他言語の通訳者は恙無くバトンを引き継いでいました。
そんなときにあることに友人が気がついたそうです。通訳者が通常よりも語気を荒げて訳す部分があるとのこと。
「通訳者には配布されていない資料のxx頁のxxパラの表現ですが…」とか「草案は通訳者の手元にはないですが、この文言が…」など。
そうなんです、一番大切な協議資料が何らかの手違いで通訳者に配布されていなかったんです。ドラフトの文言を一つ一つ確認するのが主旨の会議でこの状況ははっきりいってむごい仕打ちです。この類の会議では文書をスクリーンに映し出すこともしないため、通訳者にとってはまったくのお手上げ状態のはず。必ずしも事務局スタッフがブース脇に待機しているわけでもありません。国連の通訳ブースには技術スタッスとのホットラインも備え付けてありますが、これらのスタッフは技術的問題だけのみを対応なので、文書関連は彼らの職務範囲ではない。
運の悪いことにソース言語がアラビア語なので、上記のように通訳された内容が議長発言なのか、それとも通訳者からの思いっきりの嫌味を込めた悲壮なメッセージなのかが、友人の翻訳者を含めて多くの参加者が分からず、或いは気にもせず、会議は粛々と進行しました。
最終的にはどう解決したかということですが、ご想像のとおり、会議場を見下ろす通訳ブースの窓をものすごい形相でドンドンと拳で叩いてようやく問題が判明したとのこと。事務局スタッフが慌てて資料を抱え、各国言語ブース室に飛んでいき、一件落着。
よほどその時の状況が印象的だったのでしょう。友人から「あなただったらどうした?」と聞かれ、「そういう状況って頻繁ではないけどあるわよ。その会議によっても行動は変わってくるけど、拳で窓は叩かないわね。実例だと、通訳に入っていない方が資料を入手しに行ったり、議論に入る前に通訳マイクを通して通訳者に当該資料が配布されていないと事前に言えば解決するから。でも国連のブースだったら、すぐ会議場に降りて行って、代表団員(外交官)で年齢の若そうな兄ちゃんから事情を説明して資料を取り上げてブースに戻るかな。できればその兄ちゃんにお願いして事務局に状況説明しにいってもらう」と答えました。それが一番コトを荒立てない良い手立てに思えるのですが、いかがでしょうか?