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人間であることの特権は

仙人

通訳・翻訳者リレーブログ

先日、父親が子供と過ごす時間の国際比較がニュースになっていました。それに関して違いが出る理由のひとつとして思うのは、「寝る前に本を読んであげる」行為の有無です。母親がすることもあるでしょうが、子供を寝かしつける際、お風呂に入れてパジャマを着せてベッドにいれる流れの一環として、「本を読んであげる」というのが外国では常に存在する気がします。この行為の欠如は、人間の最大の特権である「想像する」能力を失ってしまうことにつながると思います。翻訳でも、書かれている原語の文章からその場面を頭の中で描き出す作業が、最初のステップです。文芸ではもちろんですが、産業翻訳でも「これはどういうこと?」と状況が理解できなれれば、決して他の言語で表現できないでしょう。
日本の男性はどうして、いつから「フィクション」を読まなくなってしまったのでしょう? 電車の中でも、藤沢周平を読まれたりしている、かなりお年を召した方は見かけたりするのですが、ベストセラーになったような本でも、たとえば高村薫を読んでいる若い男性って見かけたことはありません。少し前に、とても日焼けして、何日かお風呂に入っていない臭いのするぼろぼろの紙袋をいっぱい持った男性が隣に座りました。紙袋からおもむろに取り出して読み始めた本がディケンズの『二都物語』でした。ちゃんとした本を読む人は、日本の社会では報われないのかなあと悲しくなりました。
アメリカ人の知り合いから、日本に来る十数時間の飛行機の中、隣に座った日本人男性が、まったく何の活字も読まなかったことに驚いたと、言われたことがあります。一方、私はアメリカの空港でアン・ライスのバンパイヤものの新作が出ているのをみつけて飛行機の中で読み始めたら、前の席のごく普通のアメリカ人ビジネスマンが、まったく同じ本の同じところを読んでいるので笑いあったことがあります。まともな人間は、ビジネスのハウツー本ばかりじゃなくて、フィクションを読むんです! でも、アン・ライスの新作を出張中に楽しむビジネスマンなんて、日本じゃありえない。
男性がフィクションを読まないのは、教育制度がきちんとしている国では日本だけで、そのため子供に本を読むことがなくなり、日本語が急激に崩壊し、創造性がどんどん失われているのではないかと、とても怖い気がします。

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記事を書いた人

仙人

大学在学中に通訳者としての活動を開始。卒業後は、外資系消費財メーカーのマーケティング分野でキャリアアップ。その後、外資系企業のトップまでキャリアを極めた後、現在は、フリーランス翻訳者として活躍中。趣味は、「筋肉を大きくすることと読書」

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