すべての山に登れ
この季節になると映画賞関係の翻訳仕事をいただくことが多く、またテレビなどでも昔のアカデミー賞受賞作品特集などをやっていて、少し映画モードに入ってしまいます。でも、いろいろ映画を観ても結局、感受性の強い10代の頃に観た映画が、いちばん好きなんですよね。だから、その年齢で観ておかないといけない映画、みたいなのってあるし、10代のときに正しい10代映画と出会えた人は幸運だと思います。たとえば、今40歳前後で子供の頃から『スター・ウォーズ』があった人とかね。
逆に10代の頃は、ふん、と思っていた「少年少女向け」映画に、この数年でなんて名作なんだろう、と感動しなおすこともあり、「子供に見せたい映画」が、すなわち子供の心に響く映画ではないのだなあとも思います。本来私は、清く正しく誰からも推奨されるような映画というのが根本的に嫌いで、『アダムス・ファミリー2』でウェンズデーが良い子の映画を無理やり見せられて発狂寸前、のシーンが大好きです。だから、誰もが子供に見せたい映画の代表『サウンド・オブ・ミュージック』を、数年前に何十年かぶりに観ることになったときは、正直、うへえ、と思いました。
『サウンド・オブ・ミュージック』については、ちょっと思い出もあります。中学のとき、クラス全員の英語のテスト成績があまりに悪かったので、先生が救済処置として、『エーデルワイス』の歌詞を和訳し、よくできた人にはテストの点数を上増しします、ということがありました。当時はアメリカンニューシネマの全盛期、暴力的な映画が流行していて、もちろん今でも私はサム・ペキンパーとか大好きですが、中学生の私たちはみんなで「嘘っぽいきれいな映画」として『サウンド・オブ・ミュージック』をひどくばかにしていて、提出さえしなかったように覚えています。当時40代だった男性の先生は、「40歳を過ぎて『サウンド・オブ・ミュージック』を観たとき、「エーデルワイス」のシーンで涙できる人でいてください」とだけ言っていました。
先生、私、そういう人になりました! 40代になってひさしぶりに観てやっとそのすばらしさを認識し、それ以来、何度も観ています。そのたびに、音楽祭で全員がこの歌を合唱するシーンで涙がぽろぽろこぼれ、最後にアルプスを越えていくところで『すべての山に登れ』を一緒に大声で歌いながら、はあ、いい涙を流したなあ、と思います。
私と、この映画のイメージギャップがあまりに大きく、この話をすると必ず笑われるのですけど、”Climb Evr’y Mountain!”は最近、誰かを勇気づけようとするときのメールや手紙の結句として用いることも多いです。