車内で出会った光景
旅から帰りました。
南仏の2人のベベとの再会の話題も盛りだくさんなのですが、まずは、今回イタリアの列車の中で出くわした光景のことを書きます。
旅のあいだに、フランスから足を伸ばしてとんぼ返りでパルマのクライアントに年末の挨拶に行った日のこと。12月23日、ミラノ中央駅から昼に発車するナポリ行きの長距離列車に乗り込むと、クリスマス時期の帰省客で通路までビッシリの車内で、若い女の子がヒステリックに泣き声をあげて、隣にいる同年代の男性を、キツ〜イ英語で責め立てている。男の子のほうは終始無言。よく見てみると、顔かたち、着ているもの、そしてなによりも言葉から判断できるのは、女の子はカナダ人、男の子はイタリア人、しかもあきらかに、南イタリアの田舎の子だということ。
「2ヶ月もまえに列車の切符を買った、って言ってたから安心してたのに、なんでそのとき同時に席の予約もしなかったのよ??信じられないわ、何考えてたの!乗ってみたら鮨詰め列車じゃない、このまま6時間も立ちっぱなしでいろっていうの、あんまりだわ!」
なあるほど。たぶんこの2人、夏ごろに旅先かどこかで知りあって、仲よくなり、クリスマスには家族に紹介するからイタリアにおいでよ、ということになって、彼女は胸ときめかせてミラノに着いてみたら、飛行機での旅の疲れがたまっているうえに、彼が列車の座席の予約をしていなかった、そこでブチ切れてしまった、とでもいうことなんだろう。
イタリアはごくわずかの超特急列車を除いて、切符だけでは座席は確保できず、別途に追加料金を払って予約手順を踏まねばならない。私はミラノ〜パルマという1時間強のルートだったので、立ちっぱなしでも問題なかったのだけど、おそらくはローマよりさらに南下するであろう彼らには、座れないのは確かにキツイ。
しかし、この男の子には悪気はないのだ。たぶん、ミラノに出てくることさえ、めったにないか、もしかすると生まれて初めてかもしれない。列車がこれほど混むとは知らなかったのかも知れないし、別途に予約料金を払う余裕がなかっただけかもしれない。ただ、恋にはやる気持ちをかかえ遠路はるばるカナダからやってきたこの金髪のかわいい女性の心の中では、彼に対する点数はかぎりなく低くなってしまったようだ。男の子のほうも、まるでデ・シーカの映画に登場する俳優のような、質素だけれど黒いコートがむちゃくちゃ似合う美男である。美男美女だから、周囲もなんとなく笑えない。痛々しい場面である。彼女はふくれて完全に彼に背中を向け、本を読み出してしまった。
この2人、果たしてうまくいくのだろうか。なんとか彼の自宅に連れていって荷物を解かせるところまではいくとしても、まるまる太った彼のお母さんが、朝から晩まで家事をし、シーツやテーブルクロス、ありとあらゆるものにアイロンをかける、1950年代の主婦のような生活をしている姿を見、名前を覚えることさえメンドウクサイ大勢の兄弟や親戚の存在を知り、そのすべての人たちに「外国人のガールフレンド」という好奇の目で見られることに、何日耐えられるだろうか・・・たかが座席の予約をしていなかった、という、イタリアではまったくよくある出来事に、こんなに目くじらをたててしまう彼女が?
・・・と、例によって深読みして余計なことを気にする私です。
しかし、アングロサクソンとラテン民族の違いを、2人の立ち居振る舞いに現れるその思考と文化の違いを、あまりにひしひしと感じてしまう出来事でした。
そして、それでも人は、恋に落ちるのだなあ・・・と。