だれよりも愛しい旅のみちづれ
・・・とは、カメラ。
デジカメではなく、フィルムを入れて撮る、きょうび「旧式」とさえ呼ばれている「写真機」のことです。
やれ露出がどうだ、シャッタースピードがどうだ、という話題にワケ知り顔でモノが語れるほどの知識は無い。でも私は、写真は、撮るのも撮られるのも好きである。機械オンチのくせに「かっこいい機械」が好きなのである。
10年ほど前にプロのカメラマンの知人にこの話をしたら、では、自分が使ってる本格的なカメラを一度、貸してあげるから、旅先でそれを使ってみなさい、ということになった。
それまでコンパクトカメラしか使ったことがなかった私をあわれんで(あのころはぜんぜんお金もなかったし)、この知人が貸してくれたのは、CONTAX の G2 という機種、レンズはカール・ツァイスのビオゴン28ミリだった。
いまでこそ、これらがどんなものなのか、なんとなくその価値の見当がつくぐらいにはなったけど、当時は「やけに重たいカメラだな??」ぐらいのことしかわからない。電源がここで、シャッターがここ・・・ってな程度の手ほどきだけを受けて、シチリアに向けて旅立ったのです。
コンパクトカメラとまったく同じ要領で、気に入った風景をパシャパシャと撮影し、帰国してからプリントした写真を見て仰天した。
木々のレモンの実のひとつひとつに、照りつける南イタリアの太陽がそれぞれ違う陰を作り、ほんの数センチしか離れていない2つの果実の表面で陽の光のニュアンスがこんなに違うのか、と目を見張るほど、レンズは、コンマ何秒というわずかな時間しか表出されることのないそれぞれが唯一無二の輝きのディティールをウソみたいに繊細に記録していた。
以来、私はこの「バケモノレンズ」ビオゴンの虜になった。
1997年に生まれて初めて本を出版し、生まれて初めて手にした「印税」と呼ばれるお金で、ためらわず自分のために CONTAX・G2 とビオゴンレンズを買った。
大学時代から使っているコンパクトくんも、最近購入したニコンのデジカメも、いい友だちにはちがいないけど、手にするたびに思わずニヤついてしまうのは、やはり G2・ビオゴンのゴールデンコンビ。
以来、これでどのくらい写真を撮っただろう。
ローマの天使達も、ベネチアの運河の水面の輝きも、深夜のパリのカフェの怪しげなタバコの煙も、このコンビのおかげで、ありきたりの思い出からは一歩外れた場所で、私の記憶に残っている。
今回も、ミーハーな旅の下調べ資料がぎっしりのディズニーのファイルを横目で見て笑うかのように、スーツケースの中仕切りの、いちばん上等な場所におさまっているのは、このカメラである。
行ってまいります。