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パリのおはなし その3

ガットパルド(gattopardo)

通訳・翻訳者リレーブログ

コーヒーという飲み物。
パリで、この液体を、もう、何百杯、のんだだろう。
なんでこんなにたくさんコーヒーを飲むか。パリに限った話をすれば、理由は単純で、水を頼むより安いからだ。
私は、コーヒーよりむしろお茶のほうが好きだし、パリでそのむかし生活していた頃も、べつにコーヒーがとくに美味しいと感じた記憶はなく、それよりあとにイタリアとのつきあいが始まって、イタリア式のエスプレッソを飲んではじめて「すんごく美味しい。」という感慨にひたった。
パリのコーヒーがまずいとは言わないまでも、なんだか味に妙なクセがあるのは、水のせい、と言われているけど、その真偽はわからない。ただ、パリのコーヒーにはたしかにパリのコーヒーの味と匂いがあって、どういうわけだか、それがあの町の空気にいちばん似合う。
ちゃんとしたレストランでの食事の締めのコーヒーなら、それなりの高価な器にやっぱりそれなりのスプーンが添えられて供されるが、町のなかのカフェでは、けっこうりっぱな店構えのカフェでも「スプーンがチャチ」である。日本の百円ショップで5本束になって売ってるようなクオリティのものだ。
初めてパリでコーヒーを飲んだのは、忘れもしない左岸6区の、ビュシー通りの角にあるカフェ。そこでこのスプーンに対面したときには正直、ショックだった。東京の喫茶店だって、もうちょっと食器に見栄を張らせるもんなのに。
この、よく言えば飾り気のなさ、わるく言えば「何度盗まれても、床に落ちて踏まれて使いものにならなくなっても、コストにひびかないように」と言ってるかのような、商魂のたくましさ。もうちょっと、しゃれっ気はないのか、しゃれっ気は! と言いたくなったのだけどね。
しかし、これも慣れてくると、あの小さなカップの中で液体をかき混ぜるとき「このスプーン」だから出せる「音」というのがあって、それが妙に耳に心地よくなってくる。「住めば都」「ブスな女房にも3日で慣れる」「噛めば噛むほど味が出る」・・・等々の名言格言に通ずるものアリ。
しかし、このテの「チャチなもの」になぜか魅力がにじみ出てきてしまう現象は、やはりパリ独特・・・と思う。
そのむかし、フランス映画の女優さんたちの服の着こなし、小物やアクセサリーを効かせて全体をぐっと粋に仕上げるあのファッションセンスは、どうやって磨くのだろう、と不思議に思い、「たぶん、もともと売ってるモノの質が高いに違いない。」と安直に想像していた。が、実際に、一般的な価格帯の店を2年間の滞在中とその後20回を越える旅行のたびに、星の数ほど見て回ったけれど、品物の作りそのものは、じつに簡単なものが多い。
それなのに、なぜセンスよく見えてしまうのだろう。
コツは、「軽さ」のような気がする。
分析すれば、商品の外観を構成するファクターとして、色・形状・質感があるわけだが、デザインした人が「あまり悩んでいない」気がするのだ。もちろん、どんな商品にも、紆余曲折、試行錯誤に市場調査、経験と鍛練・・・などなど、出来上がって店に並ぶまでのストーリーがあるわけだけど、「最後の決断では、あっさりしている」のが、いわゆる「パリ・テイスト」なんじゃないか・・・という気がする。
誤解を恐れずに言えば、ただの「都会の軽薄さ」だ。人間の魂のあり方とは、本質的に関係のない「外見の文化」である。ただ、それをここまで徹底して洗練させた町は、世界にパリしかない。
その徹底した軽薄さの象徴が、あの、チャリチャリ言うコーヒースプーンの音なのか・・・とも思う。
ローマやナポリでは、違うスプーンが、違う音を立てる。人間も、違う目をしている。
そろそろ、パリを離れて別のことを想いましょう。

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記事を書いた人

ガットパルド(gattopardo)

伊・仏・英語通翻訳、ナレーション、講師など、幅広い分野において活動中のパワフルウーマン。著書も多数。毎年バカンスはヨーロッパで!

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