アースの皆既日食旅行記(15)
皆既日食がいよいよ始まった。わたしにとっては2009年7月の小笠原以来、久しぶりの日食である。
皆既日食のニュースで流される映像の筆頭といえば、やはりダイヤモンドリングとコロナだろう。ダイヤモンドリングは、皆既になった瞬間と、皆既が終わる瞬間の2度、コロナは皆既時間中に観察することができる。
どちらももちろん素晴らしいが、わたしにとっては「皆既になるまでの周囲の空気の変化」を感じるのが、ダイヤモンドリングと同じくらい楽しみである。これは、写真はもちろん、5K映像でもVRでも決して伝えることのできない感覚ではないかと思う。(もっともダイヤモンドリングとコロナも、映像と実際では差がありすぎて、「天と地」などという表現では到底足りない)
端的に言うと、明るさが減じ、気温がやや低くなる。これだけだ。
だがこれが真っ昼間に起きる不思議。1時間ほどかけて、ゆっくりと太陽光が隠されて行くので、上に書いた通り「暗くなる」というより「全体に明るさが減って行く」感覚である。
「夕方みたいなもん?」とよく聞かれるが、ぜんぜん違う。
夕方は、太陽が西の地平線に沈むので、西だけに明るさが残り、東から暗くなって行く。しかし日食では、全天がほとんど同時に暗くなって行く。
さらに、夕方は西の空が赤く染まるが、日食では明度が下がるだけで、色に変化はない。そのはずなのだが、「暗くなるのに赤くない」という意識のせいか、空気が青みがかったような、透明さが増したような感覚に陥る。(きちんと調べてはいないが、夕方は実際に赤い光が優勢となっているように、本当に青みがかっている可能性はあるかもしれない)
これは、真夏の昼間、分厚い雲が厳しい日差しを一瞬さえぎったときの感覚に似ていないでもない。だがどんなに厚い雲でも、実際のところはただの水蒸気の集まりであり、太陽の光を完全に遮ることはない。一方、岩からできている月は、当然ながら太陽光を完全にシャットアウトする。
もっとも太陽そのものが完全に隠れても、周囲に漏れ出る光だけでかなりのものである。よって皆既中も、夜のように真っ暗になることはない。
とはいえ、皆既中ともなると、月が地球に落とす影の大きさは直径200~300kmに達する。つまり宇宙から地球を見ると、昼間の部分の一部に黒く丸い点(月の影)がある状態だ。今回の場合、北海道より少し小さな点が、北米大陸の上を移動して行く様を思い浮かべていただけると、分かりやすいかもしれない。
その影の真ん中にいる人からはどう見えるか。
さきほど、色は赤くないと書いたが、厳密に言うと「周囲360度がすべて淡い夕焼け」の状態になる。ただ普通の夕焼けよりはずっと淡く、地平線にごく近いところだけが赤くなるので、開けているところでなければ、なかなか見ることができない。
さて。
この独特の透明な空気に包まれると、このあと待ちに待った最高の瞬間が見られるのだという期待で身体が震える。いや、実際に気温も下がる。今回も、体感で3~5度くらいは下がった感じがするし、NASA(アメリカ航空宇宙局)も後でそのような記録を出していた。
いつも「体感」なので、今度こそしっかり観測しようと、わざわざアメリカまで最高・最低温度計を持参したわたしであったが、ああ。ホテルに忘れた。英語は忘れたが、口をとんがらかしたジョンから「楽しみにしていたのになぁ~~~っ」と言われた。
※以下のアドレスは、影の移動と気温の変化を視覚的に分かりやすく示したNASAのビデオである(41秒)。移動する黒い丸(一番小さな楕円)が「月の本影」で、その中にいる人にとっては「皆既」の状態になる。
http://tinyurl.com/ycxtghwd
空を見上げる度に、3割、5割、8割と、容赦なく日食は進んで行く。
皆既日食中は動物も反応すると言われるが、あれは本当だ。今回の場合、皆既直前で近くの林にいるフクロウが鳴き始めた。
ただ、皆既中でも真夜中のように真っ暗になるわけではないし、暗くなっている時間もごく短いので、実際には動物が反応する前に明るくなってしまうことが多いように思う。今回のフクロウも、あまりにもステレオタイプな反応だったので、もしかしたらサービスで鳴いてくれたのかもしれない(!)。
言うまでもないことだが、最も強く反応する動物はホモ・サピエンスである。
DEVIL級の数独をやっていた女性も、近くの高校生たちも、ガソリンスタンドの従業員も、誰も彼もが空の一点を見つめる。「日食専用グラス」の発明を成し得た人類に栄光あれ。太陽はいよいよ細く、ほとんど線のようになり、そして・・。