アースの皆既日食旅行記(11)
日食当日の朝。アラームはいつもより早い6時半にしてあったが、5時半頃からホテルの中がざわざわし始めた。
もともと安普請(普段は1部屋30ドルぽっきり)のホテルなので、音が響くこと自体は不思議ではないものの、マナーのなっていない旅行客2、3人がどたどた出て行ったどころではなく、まるで修学旅行生が団体で出立するような騒ぎである。そのため我々のんびり3人組も、さすがに起き出した。
窓の外を見ると、昨日の夕方はぎっしりだった駐車場がほとんど空っぽで、家族連れが一組、大声でわめき合いながら荷物をあたふたと積み込んでいるだけである。なんでもいいが、声がでかすぎるだろう。
ホテル前の幹線道路はと見ると、渋滞とまではいかないものの、田舎の朝5時半としては考えられない交通量である。だが多少なりとも進めそうなので、とりあえず北を目指すことにした。
我々の場合、準備は実に簡単で、持参するのは日食専用グラスと双眼鏡のみ。
カメラ、ビデオ、望遠鏡を駆使して撮影を行う人々は、大量の機材を持って行き、設置し、テスト撮影し・・と、日食の日の朝は恐ろしく多忙である。それだけにかなり早めに現地に到着するはずで、その点だけは若干不安であったが、場所とりのために早く出立するという発想のない我々は、恐らくホテル中で二番目に遅い出発となった。
そういえば、現代では絶対に外せないものを忘れていた。スマホとタブレットである。今回の場合、位置情報の取得のためにGPSは必須だし、渋滞や天気の情報を得るためにも欠かせない。観測地の緯度と経度が変われば、日食の時間も大きく変わってくるので、特に個人で動く場合、位置情報は重要である。ずっと太陽を見ていれば分かることではあるが、いくら専用グラスを使用しても、長時間の観察は目によろしくない。
どうでもいい話だが、今回の旅の間、ジョンがスマホのナビに対して、大声で “OK, Google” と話しかけるのを聞きながら、うへえ、日本人にはこっぱずかしくてとてもできねぇよ、と力いっぱい思ったことである。
さらにどうでもいい話だが、日本で発売されているグーグルのAIスピーカーでは、呼びかけワードの一つに「ねえ、グーグル」があるらしい。これを初めから大声で照れなく言える日本人はほとんどいないだろう。アップルのAIに至っては、「ヘイ、Siri(シリ)」である。普段、「へい」を「塀」や「兵」以外の意味で使っている日本人がいるだろうか? いない。そもそも「しり」があり得ない。
日本人にとって使いやすい呼びかけワードは「ねえドラえもん」だという意見があるが、わたしは「ドラえもぉ~ん」が一番良いと思う。
脱線した。
本日の主役、太陽はすでに空のかなり高い位置にある。もう一人の主役である月は、太陽のすぐ近くにいるはずだが、当然ながら太陽光が邪魔で、いまの状態で見ることは絶対にできない。
皆既帯の端に位置するレドモンドから、中心線のマドラスに向けて、ひたすら北上する。車は多いものの一応は流れているので、マドラスまで行けるかと一瞬期待したが、あと2、30kmというところで、突如渋滞が始まった。
日食の開始まで、あと1時間半もない。ぼやぼやしている間に、始まってしまう。