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アースの皆既日食旅行記(9)

アース

通訳・翻訳者リレーブログ

皆既帯最南端の町レドモンドのホテル。

数km、数十kmごとに現れる渋滞(これも案外ストレスフルである)、そして代わり映えのしない景色との戦いの末にようやくホテルにたどりついたと思ったら、我々3人にあてがわれたのは、クイーンサイズベッドがひとつしかない部屋であった。

明日は日食で、これからさらに多くの人が詰めかける。ホテルの入り口には No Rooms Available(空き室なし)の文字。土壇場でのキャンセルはあるかもしれない。しかし・・

みんなして「あれま」「まじか」「うっそー」などとひとしきり言ったあと。(正確には”Oh, shoot” “No kidding” 「うっそー」である)

ジョンは早速、自分の予約間違いでなく、ホテル側の間違いであることを確認しに、階下へ。こちらのミスであった場合は、エキストラベッドを頼むことになった。サラとわたしは、この部屋に寝るしかなく、エキストラももらえなかった場合に備え、誰がどこにどう寝るかについて、話し合った。

なんとか3人で1つのベッドに寝る案。気持ちとしては良くても、物理的にどうか。いや無理だ。毛布あるいは巨大タオルをわんさかもらって、それを床に敷き、(相対的に)小柄なわたしがそこに寝る案。日本の感覚で一瞬思い浮かんだ、誰かが車で寝る案。しかしこれは、防犯上の理由から却下された。

余談だが、天文小僧だったわたしは、夜中、真っ暗な山の中に止めた車の中でも、平気で眠ることができる。夜の山は、イノシシやタヌキなどとの出会いに注意しなければならないが、車の中ならば大丈夫である。幸か不幸か、幽霊さんに出会ったことはないが、たとえいたとしても、幽霊さんは生身の人間と違って暴力を働いたり、ドロボーしたりすることがないので、問題ない(?)。

脱線した。

結局、ホテルの近くにあったホームセンターに、エアベッドでも探しに行くか、という結論になったところで、ジョンが「ホテル側の間違いだった」とさすがにほっとした顔で帰ってきた。「この部屋の主が来てしまったら、そっちに本来の我々の部屋があてがわれかねないから、早く移動しよう」ということで、大急ぎで「キングベッドが2つ」の部屋へ引っ越しし、ようやく安心することが出来た。

使いかけのちんまい石鹸が一つしかないことにご不満な様子のサラであったが、普段はチョー安いホテル(30ドルぽっきり)だからこんなもんか、と自らを納得させた模様であった。きょうは200ドルだが。

さて。

きょうは、朝、ホテルでコンチネンタル・ブレックファーストをいただいたあとは、途中の観光地でホットドッグを食べただけで、そのほかは例のバーやクラッカー、チーズ等をつまんだだけである。でもこれからまた車で出て渋滞に巻き込まれるのもいやだね、ということで、手持ちのもので済ませることにした。(当然ながら、レストランが併設されているようなホテルではない)

となれば、あとは寝るだけだ。いや違った。

明日のだいたいの予定を決めておかねばならない。何時に出るか。日食の皆既時間が最も長いマドラスまで、どうしても行くのか。朝から渋滞が予想されるなか、そもそも行けるのか。

それよりももっと大事なことは、天気である。早く出発しさえすれば、渋滞があったとしても目的地までたどりつけるだろうが、行ったはいいが曇ってました、ではお話にならない。

通常の気象情報会社の出している予報に加え、NASA(アメリカ航空宇宙局)を筆頭に様々な科学機関が独自に出している予報を精査する。しかしそれだけではダメだ。すべての機関の予報が一致していれば、実現の可能性が非常に高いということだが、予報は大筋では同じものの、マドラス、レドモンドなどといった町レベルまで絞ると、微妙に違ってくる。

そこで、日本でいう気象衛星ひまわりの雲画像(可視光と赤外線)のようなものを見たり、湿度の状況を確かめたり、上空の風向・風速を調べたり。ジョンがこだわったのは「露点(dew point)」である。露点が異なれば、同じ水蒸気量でも雲ができたりできなかったりするからだ。わたしは雲画像からだいたいの様子を予想するタイプであるが、日本とは状況がまるで違うので、やはりほとんど役には立てなかった。

※ここで理科の復習。
露点=空気中の水蒸気が水滴になる温度。気温が高いほど飽和水蒸気量(空気が含むことのできる水蒸気量の限度)が多くなるので、水蒸気量が同じなら、気温が低くなるほど水滴ができやすい(つまり雲や霧が発生しやすい)。

曇ったら曇ったで仕方ないやん、というサラの冷めた目を気にすることなく、ジョンとわたしは嬉々としてリサーチを進める。そう、単にやりたいだけである。

そして最終的に、山火事の煙は心配だが、気象条件はほとんど問題ないという結論になった。よって、朝起きて目の前の道路が車でぎっしりでなければ、マドラスに向けて出発する。ぎっしりだった場合は、ホテルの駐車場で観察する、ということになった。

ジョン「マドラスと比較して、レドモンドにとどまることによる皆既時間のロスは最大約20秒。これがどうしても許せない人は?」
サラ 「いませ~ん」
わたし「いませ~ん」

つまり太陽が月に完全に隠される時間が、マドラスが2分であったら、レドモンドは1分40秒しかない、ということである。

チリの時は皆既時間が5分近くあったので、短いといえば短い。特に写真を撮る人たちは、1秒でも長い方がいいらしい。だが我々のような肉眼観察派にとっては、短い時間の中で空気の変化自体を楽しむこともできる。なにより渋滞に巻き込まれた揚げ句に、落ち着いて皆既の瞬間を迎えられないのでは意味がない、との判断である。

明日の予定も決まったので、こんどこそ、キングサイズベッドでゆっくり眠ろう。いつもよりちょっと早いけど、アラームは6時半。おやすみなさい。

しかし翌朝5時半。ホテルの中がざわつき始め、3人とも目が覚めた。

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記事を書いた人

アース

金沢在住の翻訳者(数年前にド田舎から脱出)。外国留学・在留経験ナシ。何でも楽しめる性格で、特に生き物と地球と宇宙が大好き。でも翻訳分野はなぜか金融・ビジネス(英語・西語)。宇宙旅行の資金を貯めるため、仕事の効率化(と単価アップ?!)を模索中。

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