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辞書を編む ~その1~

アース

通訳・翻訳者リレーブログ

日々、われわれ通翻訳者がお世話になっている各種の辞書。相当使い倒している方々でも、これを「自分たちで作ろう」なんてことは、まず考えないだろうと思います。ところが、わたしはそのとんでもないプロジェクトに足を突っ込むという、恐ろしい経験をした数少ない人間のひとりです。

英語だけを専門にしておられる翻訳者・通訳者諸氏には想像もできないこととと思いますが、英語以外の言語で仕事をしようとすると、まず「基本的な辞書さえ少ない」という壁が立ちはだかります。

わたしはいまでこそ英語メインで仕事をしていますが、元々の専門はスペイン語です。一応、国連の公用語たるスペイン語ですから、英語より遥かに数は少ないものの、日本国内にも学習者がおり、スペイン語翻訳の需要があり、プロの通翻訳者がおり、したがって、現在では辞書もそこそこ存在します。実質的に西和・和西それぞれ一冊しか辞書のなかった四半世紀以上前と比べれば、いまの学習者さんは相当恵まれているなぁ、と思います。

しかし、それらはいずれも「語学辞典」。いざプロになってみますと、「外国語→日本語」「日本語→外国語」の辞書だけでは皆目話にならん!ということは、どの言語の通翻訳者さんにも賛同していただけるでしょう。

そう。英語以外の言語で絶対的に欠けているものは、「専門用語の辞書」なのです。

だからといって、それを自分たちで作ってしまうなんて、正気か?・・・と、いまとなっては思います。しかも見出し語数1万語以上の辞書を、メインのメンバーがたったの4人という恐ろしくリソースに欠ける状態で、実現してしまいました(1000万円積まれても二度とやりたくありません。1億円ならまあ。)

その辞書は、宣伝になってしまって恐縮ですが、『スペイン語経済ビジネス用語辞典』です。CASIOの電子辞書に搭載されています。(申し訳ありませんが、書籍版はありません。2014年現在、発行予定もないので、電子辞書をご購入ください!)

earth63.jpg写真は発売当時のXD-SW7500のもの。2014年時点の最新機種はXD-U7500です。

プロジェクト開始からはや14年、刊行からは7年が過ぎました。辞書編纂なんて、誰が考えたってトンデモない。しかしやってやれないことはない。「日本には○○辞書がないなあ」「この辞書、使えないなあ」と思ったら、自分たちで作ってしまえ!と、現役・未来の通翻訳者さんたちを焚きつけ、自分は楽してその辞書を利用しよう。・・・というわけでもないですが、今回からしばらくは、汗と涙と眼精疲労(+腰痛)の辞書制作秘話をお届けしたいと思います。

               ☆

わたしはいまでこそ英語の金融・証券の翻訳をメインの仕事にしていますが、翻訳を始めたばかりのころは、スペイン語の経済分野を中心に受注していました。「受注していました」などというとエラソ〜ですが、「来るものは拒まず」でやっていた結果、経済関係の仕事が多くなった、というだけです。

別に経済翻訳が得意だったわけでもなんでもなくて、むしろ翻訳講座などでは「他はまあいいとして、なんで経済だけこんなダメダメなのさ」と(ほんとはもっと優しく)言われたこともあるくらい、経済はわたしにとって「鬼門」でした。興味はあったのですけどね。

そんなわたしに経済案件を依頼した会社の人も勇気があると思いますけれど、それを受けるわたしもわたし。でもまあ、そのおかげでいまは金融を中心に仕事ができているのだから、その意味では感謝です。

さて、大学で経済を勉強したわけでもなく、商社や銀行に勤めたこともなく、通信講座でも経済がとくにダメダメだった駆け出し翻訳者が、いきなり経済の文章をスラスラと訳せるかというと、無理に決まっています。

とくに、まだインターネットが大変遅く、しかも従量制料金だった時代(定額制じゃない世界なんて、考えるダニおそろしくて身体がかゆくなります)。

新聞記事を一つ読むだけで80円だかとられるうえに、読み込みは遅いし、途中で止まるし、PCは簡単にフリーズするし、よくイライラせずにやっていたものよ、としみじみ思います。でも当時は、図書館にも行かずに過去の新聞が読めるなんて!!と感動したものでした。

仕事を始めた当時、スペイン語の経済専門辞典は、1976年刊行の『経済スペイン語辞典』(白水社)だけでした。(というか、日本に存在するスペイン語の経済用語辞典は、いまも2冊だけです)

白水社の辞典は1990年代にはすでに絶版になっており、現在でこそネット書店で古本を入手できるようですが、当時は逆に、知る人ぞ知る幻の辞典でした。よって、わたしの手元にあるのは西和辞典と、日本語と英語の経済用語辞典だけ。

したがって、意味の分からない専門用語は、スペイン語のキーワードを手掛かりになんとか英語の該当語を探し、それっぽいものを見つけたら日本語で探す・・みたいな遠大な作業をしていました。見つけた訳語が正しいかどうか、ネットでさっさか確認作業ができればいいのですが、1つのページが全部読み込まれるまでに十数秒〜数十秒もかかってしまう時代ではなかなか難しく、しかもまだ情報源(公的機関や報道機関のウェブページ)がまったく整備されておらず、満足な確認はほとんどできなかったように思います。いまから考えると恐ろしいです。(いまでも辞書に載っていない用語の意味は、基本的にこの方法で探しますが、ネットで実際の使用例が素早く確認できるという点で、当時とは大違いです)

当時は、英語以外の言語はみな同じような状態だったのではないかと思います。スペイン語業界でも、トップの通翻訳者さんから学習段階の人まで、誰もが「使える経済用語辞典」の刊行を心待ちにしていました。

でも、実際には西和辞典や和西辞典がぽつんぽつんと刊行されるだけで、専門用語辞典など望むべくもありません。現実問題として、英語翻訳とは需要が段違いですから、出版社としても、投資分の回収さえ覚束ないような本を刊行することはできないのでしょう。

「ならば自分たちで作ろう」なんてすごい発想をしちゃったのは、スペイン語教育を多角的に行なっている(有)イスパニカさんの代表・井戸さんと、イスパニカが開催していた経済スペイン語の特別通学クラスに参加していた受講生さん(といってもプ

)が一人。これに、イスパニカさんから仕事をいただいていたわたしが加わって、他にも適当な辞書がなくて大層苦労していたスペイン語の翻訳者や通訳者が何人か集まり、辞書作りの素人たちによる前代未聞の作業が始まりました。

                              (つづく)

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記事を書いた人

アース

金沢在住の翻訳者(数年前にド田舎から脱出)。外国留学・在留経験ナシ。何でも楽しめる性格で、特に生き物と地球と宇宙が大好き。でも翻訳分野はなぜか金融・ビジネス(英語・西語)。宇宙旅行の資金を貯めるため、仕事の効率化(と単価アップ?!)を模索中。

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