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太陽は何色?

みなみ

通訳・翻訳者リレーブログ

 言語学の大家、鈴木孝夫先生の「日本語と外国語」を知り合いから薦められて、遅ればせながら読みました。
 この本の前半部分では、色、体の部位、虹など、生活に密着した言葉がそれぞれの国でどのようにとらえているのか、まだどのように異なってうけとめられているのかについて、実例を豊富に交えて紹介しています。
 その一例として、「太陽と月は何色か?」という項目がありました。日本の子供たちが絵を描く時は、太陽は赤、月は黄色で塗るのが多数派です。ところが、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語といった西ヨーロッパの言語圏では、太陽は一様に黄色いものとされているのです。ただ、ヨーロッパだから一様に黄色、というわけではないらしく、ロシア語では赤だそうです。また、太陽が黄色の文化の国では、月は白が普通となります。
 鈴木先生が「黄色い太陽」に気づいたのは、以前に米国で教鞭をとっていた時のことでした。ある日、大学から帰ってきた先生に、奥様が新聞のクロスワードパズルを持ってきて、「英語で太陽の色は何色かしら」と問うたそうです。「そんなの赤に決まっているじゃないか」と見てみると、文字数が合わない。上下左右を見ると、黄色(yellow)がぴったりと合ったのです。
 先生が「太陽の色が黄色とは、どう考えても変だ」と、電話で知人のアメリカ人に確認すると、だれもが「黄色に決まっているじゃないか」と答えたので、本当に驚いた、とあります。
 これは、どちらの太陽の色が正しいか、という問題ではありません。当たり前と思っている単語の概念が言語によって異なるということ、さらに、当たり前すぎて違いがあることに気づかないものだ、という認識の重要性を説明しています。これは、翻訳においても心しておかなければならない大切な要素だと思います。
 と考えていたところに、10歳の娘が学校から帰ってきたので、さっそく「太陽って何色?」と聞いてみました。すると、「へ、黄色」と、何を愚問を、という感じで答えられてしまいました。さらに、「じゃあ月は?」「銀色。銀色がなければ白」との答えでした。
 そうかあ、娘はこうやって英語圏の文化を体で吸収していっているのだなあと、改めて認識を新たにしました。
 さらにこの本の後半は、、同音異義語が多い日本語における漢字の役割に注目しています。不勉強で恥ずかしいのですが、この本で初めて、「当用漢字」の意味を知りました。
 敗戦直後の社会の混乱期に、戦勝国アメリカから派遣された教育施設団の勧告の下で性急に実施された、漢字の使用停止を究極の目標とするものが「当用漢字表」であったのです。つまり、漢字全廃に至るまでの過度期における「当」座の漢字使「用」の制限枠として、「当用漢字表」があったのです!
 漢字という非効率な障害を日本語からなくす、という目標のために設定された当用漢字表を、新たに国民生活における漢字使用の単なる「目やす」に過ぎないものとして位置づけるよう変えたために、昭和54年に名称を「当用」から「常用」に変えたそうです。
 そのころまだ子供だった私は、名称が変わったことはなんとなく知っていましたが、それがなぜか、ちっとも理解していませんでした。
 ああ、漢字がなくならなくて良かった! 同音異義語が多く、目から得る情報が不可欠である日本語から漢字が奪われたら、思考力を奪われたも同様です。
 今、娘が漢字で苦労しているだけに、改めて、漢字の大切さを認識できました。
 「日本語と外国語」は、岩波新書で1990年1月に初版が発行されており、私が借りたのは1990年2月の第3刷ですが、アマゾンでチェックしたら現役で出版されていました。まだの方はぜひ!

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記事を書いた人

みなみ

英日をメインとする翻訳者。2001年からニュージーランドで生活。家族は、夫(会社員)、娘(小学生)、ウサギ(ロップイヤー)。

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