異国での日本語
英語圏に住んでいるだけで英語が上達するわけではありませんが、英語圏に住んでいると、母国語である日本語が衰えてくることをひしひしと感じます。日本語のボキャブラリーという貯金がだんだん目減りしていくという感覚が、私につきまとっているのです。
いくらインターネットで日本の情報が簡単に手に入るとはいえ、日本語を使う機会はどうしても少なくなってしまいます。また、こちらの生活が長くなると、知らず知らずのうちに、感覚がNZ化していきます。
以前に、あるベテラン翻訳者の方がどこかのサイトで、「英日翻訳の時に、文中にyachtが出てきた。しかし、どうも日本語のヨットとはイメージが違う。大型で、豪華な感じの描写がある。だから、ヨットではなく、クルーザーと訳した」と書かれていました。
ずいぶん前に見かけたので、記憶がおぼろげで、覚え違いをしているかもしれません。でもとにかく、はっきりと覚えているのは、「私なら間違えなくヨットと訳してしまうなあ」と思ったことです。
オークランドにはあちこちにハーバーがあって、大小様々なヨットがぎっしりと、さながら日本の駅前の自転車のように停泊しています。なにしろ、「シティ・オブ・セイルズ(帆の街)」と呼ばれるオークランドは、街の人口1人当たりのボートの所有率が世界一といわれているほど。
そして天気のいい週末になると、ヨットの中でパーティーをしている風景も見かけます。そう、ヨットといっても、ゴージャスで、何十人もの人が乗船できる大型タイプも珍しくないのです。
念のためにランダムハウス英語辞典で調べてみると、yachtの説明に、「日本でいうヨットは sailboat に相当することが多い」とあり、例文にはちゃんと、「a party aboard [or on] a yacht ヨット上のパーティー」がありました。さすが。
でも、日本語に翻訳する場合の読者は、たいていは日本で生活する日本人です。そうすると、「ヨット」という言葉が持つイメージと、この豪華な大型ヨットのイメージとではギャップがあるはずで、翻訳者としてはそのあたりを考慮して日本語にしていかなければなりません。
英語的感覚を身につけながら、日本語の感覚・能力を維持していく、ということが難しいと思う今日このごろです。