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TRADOSに捧ぐ

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

英語の産業・技術翻訳者のみなさまの間ではほぼ常識かもしれないが、ドイツ語翻訳界ではまだまだTRADOSの普及率は低く、『技術翻訳にはもっぱらTRADOSを使ってますね〜〜〜』とさらり言えば、ちょっとしたエリート気分を味わえるのだ。
今日は、そんなTRADOS君への敬意をこめた小話。

通訳の仕事の出張中に、いつもお世話になっている翻訳エージェントさんから連絡があった。
『あの〜帰ってらっしゃるのは××日ですよねっ!
その翌日から翻訳お願いできますか?』
本当はこの2ヶ月半、ほとんど家に帰らず無休状態で出張通訳してきたので1週間は絶対にバカンス!と決めていたのに、このエージェントさんからのお仕事を過去約3ヶ月間お断りし続けてしまった事情もあり、次に断ったら見捨てられるんじゃないか、といった後ろめたさから、出張中の私、
『帰京した週はまだ仕事を入れていないので、是非お受けしますぅ〜〜〜』
と、後先考えずに1オクターブ高い声で返事してしまったのである。

その翌日、メールで内容の詳細が送られてきた。
納期は4日間、9000ワード、TRADOS使用案件。
このエージェントさんからのお仕事の内容は毎回同じ分野で、翻訳ソフト使用で1日約2500ワードというのが常識なので、愚かな私は『な〜に、ちょいと徹夜すれば余裕よっ!』と、その時は思ったのであった。

ところが、帰ってきてよくよくメールを確かめてみると、『分量詳細は添付の表をご覧ください。』とあるではないか?!
震える手でそのエクセルファイルを開いてみると…

No Match¥¥t:9,086ワード
(省略)
100%¥¥t¥¥t:4,138ワード
Repetitions¥¥t:92,873ワード
TOTAL¥¥t¥¥t:103,179ワード

この数字を見て、あせった。
お世話になっているエージェントさんに対しても、
心の中で『オニじゃああああっ!!』と叫びましたね。
なぜなら、英語では3〜4ワードで表現する名称などが、ドイツ語ではつなげにつなげ、1ワードで済んでしまうことが多いため、通常、約110ワードが和文400字(いわゆる1枚)計算なのだ。
つまり、この‘トータル103,179ワード’という素敵な数字は、和文原稿約950枚相当になるのである。

あせった理由にはもう一つある。
普段は『TRADOS持ってますっ!』などと息巻いてはいるものの、TRADOS歴1年の私にとっては奥深い機能となると未だ謎が多い。実は‘本物のTRADOS使い’を称するにはまだまだ修行が足りないのである。
‘トータル103,179ワード、納期4日’という数字が重くのしかかる。

本来ならば今頃は温泉につかって伊勢海老のお造りを食べていたのに…
さわやかな風の中、サイクリングしていたはずなのに…
さまざまな想いが胸の内を去来する。

しかし、受けてしまったからにはやるしかない。
浅はかな自分を呪いつつも、『新規で翻訳する箇所は9000ワードだし!』と気合を入れて取りかかった。
そうしたら…

すごい。
とにかく、すごいのである。
TRADOSがものすごい速さで走っている。

翻訳した箇所と完全一致する部分は、ボタン一つで自動的に日本語に変換してくれるのだ。
‘本物のTRADOS使い’の諸先生方がお聞きになられたら、
『原始的な機能に、今さら何を喜んでいるのか?!』
とご叱責を受けてしまうかもしれないが、今まで受けた案件では100%マッチする部分がそれ程多くなかったために、この機能の価値をあまり認めていなかった私は、とにかく感動してしまった。

やるじゃん、TRADOS君。
お陰さまで、徹夜することなく、納期を守ることができました。

でも、考えてみれば、プチ・パニックに一瞬陥った後、パソコンの画面に向かって『TRADOS頑張れ!』を絶叫していたのは私だけで、エージェントさんはちゃーんとこのことをご存じだったのでしょうね。

Written by

記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

END