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機械さん、こんにちは!

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

ドイツ、といえば「ビールとソーセージの国」というのが一般的なイメージだろう。他に何を思い浮かべるか、もう一歩踏み込んで聞いてみると、「技術と職人の国」という答えが返ってくる。
ドイツ・ファンの中には、自動車や精密機器の精度の高さを熱く語る人もいるだろう。
ビールにしても、ブラウマイスターと呼ばれる醸造職人が、今を遡ること500年、1516年にバイエルン公ヴィルヘルム4世がビール醸造業者に対して発布した「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」を厳格に守りながら、味と技術を今に伝承している。この法律、1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝の位に就いてドイツが統一されると、1906年には「ドイツ純粋令」と改められた。ドイツにいたのにビールは飲まない、というかアルコールが飲めない私からすると、ビールの法律ぐらいでお国の名前を冠してしまうところに、ドイツ人のビールに対する並々ならぬ意気込みを感じてしまう。発布当初は「麦芽・ホップ・水のみを原料とする」とされており、1556年にはさらに酵母も加えられたが、これから比べると、日本では米やトウモロコシ、コウリャン、ジャガイモ、澱粉、糖類などがビールの副原料として認められているため、日本のビールは味の上ではともかく、本当は「ビール」と命名してはならないのだそうだ。

ビールの話で長くなってしまったが、あらゆる分野において厳しいマイスター制度で高い技術をしっかりと守っている国ドイツ、ということで、通訳・翻訳でもおのずから技術関係の仕事が多い。中でも多いのが、自動車や工作機械、リサイクル機器などの仕事だ。通訳の仕事になると長期間、工場に入ることもある。現場で実際にモノを見ることによって、翻訳では文字や写真でしかお目にかかれない機械や部品と仲良くなれるし、エンジニアの説明を聞いていると、油の匂いぷんぷんの機械に愛情すら湧いてくる。その経験がまた、次に技術系の翻訳をするときに生かされ、「あら高圧パイプさん、こんにちは!」といった具合に、物言わぬ部品でも少しは優しいまなざし持って接することができるので、誠にありがたいスパイラルなのである。

とはいえ、思いっきり文系の私、初めて自動車工場で仕事をした時は、現場に入る前日まで、街を走っている車を見るだけで気分が悪くなったものだ。ボンネットの中に隠れている各種部品を考えるだけで、「複雑に絡み合う鉄の塊なんて、絶対に愛せないわ!」と涙が出そうになった。とにかく、何がどうなってこうなる、という理屈を文字の上でしか理解していないものだから、とりあえず数で勝負、と必要以上の数の専門用語を集めて頭に叩き込み、いざ出陣!してみると、単語の数よりも一つ一つのモノの関連性や目的、生産工程の流れの方がはるかに重要なことが分かった。出てくるだろうと予想して200個以上の単語を用意しても、実際に使うのは往々にして半分以下だ。全体の流れが分かっていないと、突然現れる変化球的な場面にも対応できない。
予想だにしなかった単語が出てくるのだ。そうなると「あの情熱をこっちに使っておけばよかった」と、事前に気張っていただけに脱力感も激しい。しかし、そういった反省を重ねていくうちに、素人なりに機械の理論も分かってくるようになるし、エンジニアさんの説明を聞くと、ごちゃごちゃに叩き込まれていた単語が系統立ってあるべき引出しに整理される。特に、開発にかかわっているエンジニアさんが熱心に語る姿に接すると、こちらの心も動かされ、鉄の塊といえどもちょっとは心を開いてみようかな、という気持ちになるから不思議だ。現場を踏むことによってなによりもありがたいのは、勉強の仕方、というか準備の方向性が分かることである。

工場デビュー当時は私も頼りなげに見えたのであろう、クライアントさんに「分からない単語があったら、そのままカタカナにしてもらえれば分かりますので。」と言われたことがある。でも、これからドイツ語通訳を目指す皆さん、ドイツ語ではこれは通用しませんので、ご注意を!英語では「ディストリビューターシャフト」という部品、ドイツ人が言うと「フェアタイラーヴェレ」と聞こえますからね。細かい部品の名称を覚えるのは最初、頭から煙がでそうな作業だったが、慣れてくるとこういった単語集めもまた乙なものである。

というわけで、一見とっつきにくそうにみえる機械の世界でも、飛び込んでみると楽しいものだ。最近では、油の匂いを嗅ぐと俄然張り切ってくる。研削機さん、油圧ポンプさん、噴射管さん、次に工場でお目にかかれる日を楽しみにしております!

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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