ウィーン人の本音と建前(その2)
ウィーン人とドイツ人は明らかに違う。
言葉以上にこちらの真意を観察している波動がヒシヒシと伝わってくる。さらに言えば、この客は本当に芸術鑑賞する資格があるのか、外国での買い物ついでに酔狂で劇場に立ち寄っただけか、社会的にどのような立場にあるのか、どのような生活をしているのか等々、ニコニコ会話しながらじっと見ているのである。
おまけに女性の声のトーンもドイツ人よりはるかに高い。以前、通訳者の勉強会で、在日ドイツ大使館に勤務しているドイツ人女性が「日本人女性は甲高い声でやたらとニコニコ話しますが、ドイツ語はニヤニヤしながら高い声で話せる言語ではありません。腹にしっかりと力を入れ、日本語よりもずっと低めの声で抑揚をつけて話し、過剰に笑顔を振りまかない方が信頼されるのです。」と力説していたが、いやいや、ウィーン女性は日本人に負けないほど高い声でドイツ語を操り、笑顔が固まってしまうのではないかと心配になる程、眩しく微笑んでいた。
そんなことをつらつら思いつつ石畳の道を散歩しながら、この街にはハプスブルク君主国がとっくの昔に崩壊した今でも、もしかしたらカースト制のような身分の違いが目に見えない形で残っているのではないか、と感じた。やはり600年も続いた帝政の影はなかなか拭い去れないのか…。皇帝フランツ・ヨーゼフ一世が完成させた煌びやかな街の風景の下に眠る、ペストや拷問で死んでいったおびただしい数の人々の骨。その上を今日も世界中から集まった人々が闊歩する。
まさに光と影の街、ウィーン。
しかし面白いことに、これらは決してネガティブな印象ばかりではないのである。日本人に勝るとも劣らない笑顔や声のトーン、また言葉から人となりを観察する能力もさることながら、“粋”を心得ているところも日本人の美意識に通じるものを感じた。コンサートが終わった後も、指揮者の出来や演奏解釈についてドイツ人のように大声で分析したり、まるで自分が演奏者や俳優になったがごとくに熱く哲学をぶったりはしない。カフェに入ってコーヒーやシャンパンを片手に、芸術がもたらしてくれる生活の潤いを楽しむ余裕があるのである。帝政の闇の部分を内包しながら決して浪花節にならず、燦然と光を放っている。レジで待たされても、ドイツ人のように「なにやっとるんじゃあ!!」と怒鳴ったりしない。ウィーン人だってイライラすることもあるのだろうが、いわゆる無粋なことを極力嫌い、しゃれを楽しむ心を持っていることには感心した。
以前、ウィーン人の某芸術監督にインタビューした際、面白いことを聞いたことがある。
エゴン・フリーデルという小説家が
「ドイツとオーストリアを隔てる唯一の壁は共通の言語である。」と言っているそうだ。
この言葉を聞いてインタビュアーの某先生、
「言葉の意味は理解できるのですが、内容的にはどのような意味なのでしょうか?他のすべては共通していて、言語だけが異なる、あるいは…??」
といささか混乱してしまった。この先生はご自身がドイツに留学されていたため、この言葉に込められたものすごーい嫌みに気が付かなかったのだ。もちろん、私も当時はまったく真意を理解できなかった。後になってウィーン人の同僚に聞いて、この本意が「一応、同じ言葉を使ってはおりますがねぇ、あんたがたドイツ人と私たちはまーったく根本が違うんでござんすよ〜。」
というしゃれた嫌みであることがわかったのだが、今回ウィーンに行ってみて、本当にそのまんまのウィーン人と触れ合えたのは収穫である。