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ウィスパリングおもしろ話

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

いやいや、今だからこそ、笑える話になっているが、その最中は面白いどころではなかった。ウィスパリング通訳でのエピソードである。
トークショーや聴衆を前にしたインタビューのような通訳では、日本語⇒外国語の部分はマイクに向かって訳さず、外国人ゲストにウィスパリングするのが通常である。時間節約の意味もあるのかもしれないが、聴衆の中に外国人がいなければ、私たち通訳者が同じ内容を別の言語で再度アナウンスする必要はないわけで、少しでも早くゲストの声を聞きたいと願っている聴衆にとっても、日本語の質問が終わってすぐにゲストが話し始めた方が絶対に嬉しいに決まっている、と思っていた。通訳学校でも、日本語と外国語の発言の間に“間”がなく、聞いている人にとってスムーズに会話が流れるのが良しとされたし、先生がストップ・ウォッチを持って、いかにスピーカーの発言時間内で訳し終えるか訓練させられたものである。
現場の90%位は、この対応で正解なのだろう。しかし、昨年末にロックバンドの仕事をした時、やっぱり通訳の世界に『絶対』という公式はないことを学ばされた。ご一緒した英語の通訳さんは何故かウィスパリングをしない。聴衆はすべて日本人なのに、イギリス仕込みの美しい発音の英語でマイクを通して逐次通訳されているのだ。椅子もウィスパリング可能な位置にあったし、この方はデビュー間もない通訳さんではなく、ロック業界では名を知らぬ人はいないといえるような大ベテランさんなのに、何故?と思いつつ、私も彼女に習って1日目、2日目はマイクを使って逐次通訳をしていた。でも、ショーの時間は限られているし、ファンは私のドイツ語なんかより、少しでも長くバンドの演奏を楽しみたいに違いない、と勝手に気を利かせて、3日目の移動中、
『日本語の質問部分はウィスパリングしてもいいでしょうか?』
と聞いてみた。するとその方、
『その方がやりやすければ、別に構わないんじゃないかしら。』
と優しく答えてくれた。今にして思えば無知な質問だった。通訳技術の問題ではなく、環境的にウィスパリングが不可能なのである。ウィスパリングの音量がBGMの音量に負けるのだ。プロモーション・ツアーなので、当然、バンド最新作のCDをBGMとして大音量で流している。ロック・コンサートで隣の席の人に何を言っても聞こえないのと同じだ。そんな環境をきちんと把握しなかった自分が甘かった。業界のプロのやり方は素直に見習うべきである。
もう一つも声量に関するものだが、これはまったく逆のケースで、声が小さすぎた話。といっても、私の声ではなく、ドイツ人が発言する時の声量がささやくようで聞こえない。ご自分の発言まで、私の耳にウィスパリングしてくれるのだ。どうして?!この人、シャイなのかしら…としばらくそのまま通訳していたのだが、そこは専門用語の飛び交う社内会議。ただでさえ耳をダンボのように大きくしたい現場なので、思い切って、
『あなたは私と同じような声でささやかなくてもいいんですよ。』
と言ってみた。すると、とても上品な感じのそのドイツ紳士は、日本では礼儀正しく丁寧な態度でいなければ…と思う余り、私がドイツ語をささやくものだから、日本人に解らない言葉を大声でしゃべるのは失礼に相当する、と解釈し、私のウィスパリングの声量に合わせてドイツ語を話すように気をつけていた、とおっしゃるのだ。彼なりに、とても気を使っていたのである。
両方とも、良かれと思い、気を利かせた結果のハプニングなのだが、その現場々々で何が一番適切かは千差万別で、その都度新しい発見があるからこそ、この仕事は面白いのかもしれない。

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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