BLOG&NEWS

電子辞書の善し悪し

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

昨今、電子辞書の性能が進み、外で働く通訳者にとっては誠に有難い環境になった。特に、ドイツ語のコンテンツに小学館の独和大辞典が加わったことは、まさに画期的進化である。この辞書は、見出し語16万、用例18万を収録し、ドイツ語学習者なら必ず買うべきとされている、いわばバイブル的存在で、現在出版されている独和辞典の中で最も信頼性と専門性の高い辞書なのだが、とても重いのが難点だった。コンパクト版でさえ、1kg位ある。資料だの、メモだの、自分で作った用語集だの、色々と持ち物がある通訳者にとっては、この上約1kgもある辞書を持って出るのは悩みの種のひとつだっただけに、まさに、開発者サマサマである。
ただ残念なことに、この電子辞書は発売直後、コンテンツに不備があることがわかり、メーカーから無償修理の案内が来た。かくして私の電子辞書も現在“入院中”なのだが、以前、別のドイツ語辞典が初めて電子辞書化されたときのデータ作りに多少なりともかかわった私としては、無条件にクレームをつける気になれない。データ入力とその確認作業がどれ程の労力を要するか、身を以って体験したからである。当時の辞書でも独和・和独合わせて約9万5千あった項目を、AからZまでひとつひとつチェックしていくのは、気の遠くなる作業だった。膨大な時間がかかるのもさることながら、チャック漏れが絶対にあってはならない世界なだけに、神経の磨り減る作業である。18万もの用例中にミスを発見しただけでも、本当に感心してしまう。多少のミスくらい大目に見ろ、と言うわけでは決してないのだが、陰でデータ化に尽力してくださった人々の並々ならぬ苦労に想いを馳せればこそ、無償修理で不便な思いをしているユーザーの皆さんがいらしたら、是非、暖かい目で“退院”の日を待っていただきたいと願う。

しかし、通訳者にとっては神様のような存在である電子辞書も、ドイツ語学習者にとっては害となってしまう場合があることを知った。先日、大学でドイツ語の先生をしている友人から聞いたのだが、最近はほぼすべての学生が電子辞書を使って学習するため、アルファベットを順に言えない学生がいるらしい。にわかには信じ難い話である。アルファベットの順番なんて、英語を真面目にやろうがやるまいが、昔はセサミストリートの黄色いビッグバードやアーニー・バート兄弟と共に『A・B・C・D・E・F・G〜♪』と歌いながら覚えたものだ。中学に入って英語の授業が始まると、『単語一発引き』といって、調べたい単語を一度で開けるかどうか友達と競ったこともある。これだって、アルファベットの順番を知っていなければできない芸当である(こんなことできても、何の自慢にもなりませんが…)。やはり、便利さと共に人間の能力が退化していくという現象がここでも現れるのだろうか。私も実際使っていて、用例の多い単語の場合など、小さい電子辞書の画面を下にスクロールしていくよりは、ガバッとページを開いて一覧できる方が逆に便利だな、と感じることもある。一度引いた単語や慣用句などにマーカーで印をつけられるのも紙ならではである。しかも、紙ベースの独和大辞典には絵が付いている項目もあり、後ろの付録には不規則変化動詞一覧だけでなく、字母一覧やドイツ語の歴史と現況、ドイツ語圏年表まで付いていて、とてもためになる書物として仕上がっているのだ。
よく『語学に王道なし』と言われるが、やはり語学に便利さを追求しすぎるのはよくないのだろう。小学館の独和大辞典が出版されたのだって1999年なのだから、昔のドイツ語学習者の苦労はいかばかりか。電子辞書は確かにありがたい文明の産物ではあるけれども、これから語学を始める人には、やはり『紙でできた辞書』を『ボロボロになるまで』使って欲しい。

Written by

記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

END