守秘義務とはどこまでか
『守秘義務』は、フリーランス通翻訳者が絶対に守らなければならない職業倫理である。文字通り、お客様の情報を漏洩しない義務のことで、通訳学校でも初期の時点で教わるが、通翻訳者としてエージェントに登録する際には、必ず機密保持契約書を交わす。新商品や新技術の開発やマーケティング戦略等の現場に立ち会うこともある通訳者にとっては、当然の義務である。私は最初に習った師匠に『関係者(同業者も含む)と冗談でも仕事の内容は話してはならない。』、『お客様の名前は絶対に口に出さないこと。』と“刷込み”されたため、同業者との会話においてもこの点については自然と敏感になってしまうし、通訳実績を書く場合でも、名前を出した方がインパクトあるよな〜と心情的に思いつつも、一般公開されている講演・コンサート・展示会等以外は、社名・実名は決して書かないようにしている。
しかし、ここでどこまでを『お客様』と定義するかが問題だ。エンドユーザーは当然、我々通訳者のクライアントである。しかし、私たちにとってエージェントさんもお客様ではないか?つまり、エージェントさんの営業妨害となる可能性がある事項について、実名を挙げることに非常に抵抗を感じるのだ。具体的に言うと、エージェントさんから『他に、どこのエージェントに登録しているか』と質問された場合にどう対応すべきか、という問題である。私は、登録させていただいているエージェント名を公開することも、ある種の守秘義務違反になりうると思ってしまう。なぜなら、例えば車のパーツメーカーなら、『うちでは御社の他に、何社と何社にこのような部品を供給してます。』ということをクライアントに敢えて言ったりはしないだろう。このような場合、『お客様に関する情報ですから、申し上げられません。』と突っぱねてよいものか、それとも、はっきり言ったほうが質問したクライアントも安心するのだろうか…。
おそらく、通訳者なら誰でも経験することだと思うが、以前、こんなことがあった。夕方頃、あるエージェントさんから『これから某放送局に行ってビデオ翻訳をしてもらえないか。』というご依頼があった。その日は夜遅くまで通訳の仕事が入っていたためお断りしたところ、その30分後に別のエージェントさんからまったく同じお仕事のご依頼が…。エージェントさんだって、会社を発展させ、私たちに仕事を供給するため、必死なのである。一生懸命、通翻訳者のために営業活動してくださっているエージェントさんの機密を守ることも、我々の守秘義務なのではないか、と、“鬼千匹”はまたまた愚考する…。