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できる人はやっている

まめの木

通訳・翻訳者リレーブログ

他の言語の通訳さんや先輩通訳者と一緒にお仕事できる機会があると、本当に勉強になる。通訳はお金をいただきながら勉強までできしまう類稀なるありがたい職業だと常々思うが、こういった機会に恵まれるとありがたさも倍増する。芸は盗んで覚えろと言われるが、まったくその通り。消化不良を起こしそうなほど、盗める要素がいっぱいある。こういった一流の方々のご尊顔を間近で拝するに思うのは、まさにできる人ほど努力の量が尋常でないことだ。用語集を見せていただいても、メモの取り方を見ても、一朝一夕にして成した技ではないし、たとえ傍に寄れなくても、その一挙一動に表れる貫禄を見るだけで長年の努力と経験がにじみ出ている。貫禄がないことにコンプレックスを持っている私は、自分を振り返り、陰に見え隠れする彼らの努力を垣間見ると、う〜ん、まだまだ道は遠い、まったくもって努力が足りん、とありがたいと同時に反省のため息が出てしまう。
それでも、通訳学校で一通り通訳のいろはを習い、仕事を始めてからは無我夢中で突っ走ってきて、気がついたら周りから『通訳者』と呼ばれるようになっていた。以前は語学にはまったく縁のない仕事をしていたので、素の自分に戻るとなんとも不思議な感じだ。自分とは違う、『通訳者』という別の生き物が自分の名前を使って仕事をしているように感じることがある。
こんなことを白状してしまうとお仕事が来なくなってしまうかもしれないが、いつのまにかウィスパリングができるようになっていたのも我ながら不思議に思う。通訳学校に通っていた時はウィスパリングがどうしても追いつかずに悩んでいた。テープを聞きながら練習するのでは毎日続かないので、テレビのニュースを見ているときに夫に文句を言われながらも、ひたすらドイツ語に落としていく練習を一時期していたが、ある日突然、仕事中にウィスパリングをしている自分を発見した。『できるようになりたい』と思う気持ちと『しなければならない』環境が一致すると、思わぬ化学反応が生まれるのかもしれない。おそらく、大貫禄の通訳さんも地道な努力を積み重ねた結果、今の財産を所有するに至ったのだろうなと思う。
随分前になるが、テレビで『その人の人生がうらやましいと思うなら、その人の苦労も同じようにうらやましがる覚悟でいなさい』と言っていた人がいたが、まさにその通り、貫禄の差は努力の差なのである。

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記事を書いた人

まめの木

ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。

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