同時通訳あれこれ
通訳者をあまり使い慣れていらっしゃらないお客様の中には、“同時通訳”を間違って解釈していらっしゃる方が稀にいる。駆け出しで私のほうにもまだ理解が足りない頃は、
『資料が事前に用意できなかったので、同時通訳でお願いします!』
と当日、現場に行ってから言われた日には、心臓が口から出るほど驚いたが、こういった場合の“同時通訳”とは往々にして“その場で逐次で訳すこと”を意味しているのである。原稿なし、資料なし、打ち合わせなしで、その場でぶっつけ本番でお願いします!ということだから“同時(に)通訳”になるんだなぁ…ということがわかり、最近ではさすがに失神しなくなったが、主人の実家のほうに行くと、いまだに翻訳と通訳の違いがわかってもらえないこともあるし、ドイツ人クライアントでも翻訳(uebersetzen)と通訳(dolmetschen)をごっちゃに使っている方もいるので、普段、通翻訳者に接する機会がない方にとっては謎の多い世界なのだろう。
逆のパターンになるかどうかわからないが、本当に“同時通訳”のご依頼であったにもかかわらず、当日になってウィスパリング+逐次に変更になった現場もあった。初めての同時通訳だったので事前資料やプレゼン原稿もしっかりもらい、準備に一週間かけて鼻息荒く臨んだら、当日の朝、担当者の方が申し訳なさそうに、
『あの〜、通訳ブースにチャンネルが一つしかないので、英語だけ同時でやってもらいます』
とおっしゃる。一瞬、ホッとしたが、あんなに猛烈に準備したのに…とかなりがっかりした。しかも、あれ程の余裕をもってすべての原稿をバッチリ揃えてくれる現場もそうそうないので、本当に残念である。その上、英語母国者は会議参加者の中に2名しかおらず、その他は中国や韓国、マレーシア、ドイツ、オーストリアと、ドイツ語圏からの参加者が最も多かったのに、や、やっぱり英語なんですね…といささかの淋しさを覚えた。友達の同業者にその心境を訴えたら、さすがである。
『その日のために勉強したことに意義がある、最初から逐次とウィスパリングだけと思っていたら、同時用の準備はしていかなかったでしょう?』
と見抜かれてしまった。これも未来の財産のための修行なのだろう。