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春の此の頃、3年前のあの日を想う
新しい季節は、懐かしい風や香りと共にやってくる。色々な過去のいち場面、色々な想い乗せながら…。
中でも特に、この時期。冬から春へと移りゆく、この頃に感じる風や匂いの中には、特別な風景が映る。花々咲き乱れる、色彩豊かな光景との再会は、しんと静まり返った白銀の世界との、しばしの別れの時でもあり。期待感と寂しさと。相反するふたつの想い胸に、ちょっとばかりセンチになったり。
春は、特別な季節。
そうして其処には、いつも――
心地好い風と、優しい香りが、辺り漂っている。
それは、希望を運んでくれる風、香りでもある。なぜかウズウズ、そわそわしてくる。始まりの予感。何か楽しいことの。ちょうど冬眠から覚めた熊か、あるいは昆虫か。厚手のコート脱ぎ捨て、背中をピンと張り、まっすぐ前を見据えたくなる、とても心地好いこの頃。柔らかな心持ち、平和な気分になれる季節。
小学校の卒業式、中学校の入学式。高校の友だちに別れ告げ、大学の門の前に立った時。期待感を胸いっぱいに、社会へ出た頃も。いつもこの季節。
辺りには、いつも、桜の花が咲いていた。
桜。この季節には欠かせない春花。
門出を祝うこの季節に、とても似合う桜。
そうして、其処はいつも…
同じ風、同じ香りに、満ちていた。
13年間一緒に暮らした、愛犬がこの世を去ったのも、ちょうどこの頃。
愛猫が重い病気にかかったのも。来年の桜の頃には、この子はもうこの世にいないんだなあ。そう思ったら、その年の風と香りは重く、桜は違った色に映った。
フリーランサーになってからは、確定申告の季節。日が長くなり、日々確実に暖かくなるにつれ、焦り募ってゆく。”ああ、計算しなければ、片付けなければ”…と。ちょっと気の重い季節。
それでも外では、いつも同じ風が吹き、同じ匂い漂う。
3年前のあの日もまた。この懐かしい風、懐かしい匂いが、辺りに漂っていた。
あの日。本当は、六本木の美術館へ行く予定でいました。それなのに、それなのに、前々日にドタキャンされた電話インタビューが、急遽この日の午前中に入ったのです。その為、出掛ける予定は中止。六本木、楽しみにしていたのに…。で、ぶつぶつ言いながら、自宅に引きこもり。
そうして、インタビューも滞りなく終了。と、さあ、ぽっかり空いた午後いっぱい。これからどうしよう。美術館めぐりするには、時間が半端だ。と、その時いきなり思い立ったのです。”あっそうだ、確定申告書を提出しに行こう”。前日に作成しており、でも締め切りにはまだ数日ある。だから明日にでも、と思っていたのですが。
思い立ったが吉日。リュックサックに書類詰め込み、マウンテンバイクに跨り、いざ税務署へ。左右には田畑や梅林、土手横には案山子たち。頭上では鳥たちの囀り。何年経とうとも変わらない、いつもと同じ風景。
そうして、いつもの柔らかな風と、甘やかな匂い。それを全身に浴びながら、のんびり心地好い、いつもの道のり。
30分後。いつもの駐輪場に愛輪を停め、いつもの階まで駆け上がり、最後の確認、そうして申告書を提出。今年度も無事終了。やった~! 開放感にどっぷり浸りながら、税務署を後に。そうして大好きな某所まで、寄り道遠まわり。そこで大好きなモノたち眺めてから、駅前の銀行へ。
そこで、あのときを迎えたのです。2階で順番待ちしている時に。ビルが左に右にゆっさゆっさ。棚に捕まっても、身体が引っ張られていくほど。長く長く激しい揺れ。直後、銀行内のテレビ画面に目を移すと、緊急ニュースで、東北地方のこと報道している。”えっ? あんなに揺れたのに、此処は震源地ではないのか? どういうことだ?”。真っ先に思ったのは、そんなこと。
揺れが落ち着いた後に、こころ落ち着かせ、外へと飛び出す。すると広場から広い道路までもが、もの凄い数のひとに溢れ返っていた。向かいのデパートに吊るされた、巨大なシャンデリアが、大きく左右にゆっさゆっさ、不気味な揺れ方していた。生まれてこのかた見たことのない光景に、言葉もなく。しばらく身体を動かすこともできず。
余震が収まった1時間後、マウンテンバイク飛ばし、慌てて帰路に就く。
その間もずっと、変わらず、いつもの春風と春香が、辺りに漂っていた。
そうして2014年。あれから3度目の花月。
先日、ふたたびマウンテンバイクに跨り、いつもの道のり伝い、いつもの税務署へ向かった。あの日と変わらない風景の中、同じ風、同じ匂い身体に浴びながら。3年前のあの日のこと、想い出しながら…。
“あの瞬間、何処で何をしていたか”。それぞれの物語。時の流れの中、過去の場面は薄らいでいったり、記憶が曖昧になってきたりするもの。けれどあの日のこと、何時に何処で何をしていたか。不思議なほど、すべて鮮明に覚えている。まるで昨日のように。
そう、この風、この香り…。
しかしどういうわけか、その後に花開いたであろう桜の花は、あの年ばかりは眺めた記憶がなく。前年と同じ場所で、いつもと違わぬ美しさで、其処に咲き乱れていた…はずなのに。
新しい年が巡ってくるたび、新しい光景、新しい想いが、こころの中に蓄積されてゆく。そうして毎年、この風この匂いに包まれるたび、こころの中にある、過去の場面ひとつひとつに、思い馳せながら、また同じ感情に浸ることになるでしょう。昨年も一昨年も、これまでずっと、してきたように。
懐かしい風、懐かしい香りに包まれながら……。