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人気写真家・吉村和敏氏の新しい2作品
早く聴きたい! 早く見たい! あと1カ月、あと1週間、あと6日。5日…4日…3日…2日…1日。いよいよ今日! 発売日までの長いカウントダウン。
学生時代、純粋無垢ないち音楽ファンだった頃、愛読していた雑誌や、夢中だったバンドのアルバムの発売日が、待ち遠しくてなりませんでした。
やがて社会に出て、その愛読誌を作る側となり、大好きなバンドの新譜も、リリースに先駆け、1-2カ月前には聴けるようになったのです。なんて幸運な! 仕事とは言え、突如放り込まれた境遇に、ひとり酔いしれていました。
しかし、あれから長い歳月が過ぎたいま、時々懐かしくもなるのです。発売日を指折り待っていた、遠い遠いあの時代のことを。あの待ちの日々の充実感、発売日当時に心踊らせながら、本屋やレコード店へと駆け込んだ、当時の純粋でまっすぐな思いを。もちろん発売日前に、作品に触れられるのは、それはとても嬉しいこと、なのですが…。
いま幸せ。けれどあの頃も恋しい。嬉しい、でも懐かしい。嬉しい、けれど懐かしい。嬉しい、懐かしい、嬉しい、懐かしい。ああ、花びら一枚一枚ちぎっていく、これまるで花占いではないか。
でも…やはり…やはり嬉しい。
と言うもの、つい数カ月前。
敬愛する人気写真家・吉村和敏氏に、新作「CUSTOM DOCTOR」と「SEKISETZ」の2冊を、見せて頂いたのです。文字校色校前の、バラバラの状態のものを、仕事の打ち合わせも兼ねて。とは言え、世に飛び立つ前の御子たちと、そうやって直々ご対面できるなんて…。なんと贅沢なこと。この上なき光栄。これはもう、単純に嬉しいのだ。どう考えたって、わたしは嬉しいのだ! その瞬間、単なるファンと化し、舞い上がってしまいました。いや正確に言えば、舞い上がってしまいそうな自分を、必死に抑えたのであった。”これは仕事、仕事、仕事なのだっ!”。そう自分に言い聞かせながら、ご本人を前に、クールなプロの仕事人を、ちょっくら装ってみたりした。あまり成功したとは思えないが。
…と、私ごとのイントロはこれくらいにして、肝心な話、吉村さんの新しい2作品について。
「CUSTOM DOCTOR(カスタム・ドクター)」。
ソロモン諸島の伝承医、先住民族の文化継承者の記録集。
電気もガスも水道もトイレもない、熱帯雨林の島に通いつめ、地元民と暮らしを共にし、こころ通わせられたからこそ、捉えることのできた世界。被写体や彼の地への想いが、静かでゆっくりとした時間の流れが、ひしひしと伝わってくる。生きるとは、幸せとは…。すべて、この中に詰まっている。
「SEKISETZ(積雪)」。
国内各地の雪の表情を、8X10の大型カメラで切り取った作品。
絵はがきにあるような、美しいだけの雪景色を期待していたら、腰を抜かすかも知れない。誰もまだ気づいていない、日本ならではの積雪は圧巻。同じ風景でも、その視線の先にあるものは、ひとにより異なるという、当たり前のことを、頁をめくりながら改めて実感する。
2作品ともモノクロです。それがこの作品たちをより一層、重厚なものにしている。紙質や色のツヤ感にも、作者の頑固なまでの拘りを感じる。”紙って、やっぱりいいなあ”。頁間の匂いを嗅ぎ、指先の感覚を楽しむ。
撮ること同様、書くこともまた、この写真家の表現手段のひとつ。その手段がなんであれ、そこには同じ世界観が存在する。
そうしてカメラを構え、風景と対峙する瞬間は、頭の中に余計な言葉はなく。そんなところもまた、作品がこちらのこころにするり入り込む、要因になっているのだろう。理屈や理論などではなく、こころの赴くままに、直観に忠実に。優れたアーティストとは、まさにそういうもの。
それにしても氏の作品は、そのどれもがどこを切り取っても、とことん彼らしい。それでいて、すべては初めて見る世界。新しい。しかしいつも、氏の色や匂いに満ち溢れている。そうして、新しい。
手招きされ、追いかけ追いついたかと思っても、けっして追いつくことはない、そんな表現者。常に目の前にいるけれど、留まることなく、先へ先へと進んでいる。まるで幼い頃、カナダのまっすぐ道で追いかけていた、あのキラキラした逃げ水のよう。
アーティストとして、ずば抜けた才能を持ち、順調に活動していたものの、いつの間にか消えてしまったひとを、わたしは何人も知っている。本当に惜しい人々。なぜ? どこでどうなってしまったのだろう。
めぐり会い。縁を掴めるか、掴めないか。そんなことも大事なのだと、常々感じています。どんなに素晴らしいものを持って生まれても、それだけでは、どうにもならない。そうして、どんなに素晴らしい出会いがあっても、それだけでも意味はない。その瞬間それに気づき、それを引き寄せる力がなければ、せっかくの縁とも、結ばれることはなく、せっかくの才能を発揮する場も消えてしまう。
人生には、その時々にやるべきことが、それぞれに用意されている。それをしっかり感知し、そのひとつひとつと丁寧に向かい合い、全身全霊で対処していかなければならない。周囲の雑音に惑わされることなく。それをこれまで着実にかつ真摯に、こなしてきたからこそ、いまの氏があるのだろう。最新作を眺めながら、そんなこんなを、改めて思うのである。
吉村氏の発想の泉は、どうやら枯れることはないよう。密かに温めているアイディアは、ひとつやふたつではないと聞く。そんな噂を小耳に挟むたび、いちファンとして心底嬉しくなる。
今後どのように進化をし、どのような世界を、夢を、見せてくれるのでしょう。ああ、こちらもうーんと長生きせねば!
なお、「CUSTOM DOCTOR」は現在絶賛発売中。「SEKISETZ」も、まもなく店頭に並ぶ予定です。