通訳というお仕事
インタビュアーは、時としてインタビュイーの“敵”にも成り得る存在です。
と、今週はいきなり、強烈な響きを持つ言葉での出だしですが…。
とにかく、インタビュアーには、色々なタイプの人がいます。
よく出会うのは、アーティストを挑発するタイプ。明らかに最初から挑戦体制に入っている人。それを楽しんでいる…とさえ思えるような人。
“そんな質問して、相手を怒らせて、目的はいったい何?”…と聞きたくなります。別に当たり障りのない質問だけして…と言っているわけでは、決してないのですが。
それから、そのアーティストのことは知らない、興味ない、でも“お仕事”だから、仕方なく来たという人。
特に新人アーティストの取材の場合、これが結構多い。アーティスト・サイド(レコード会社側)も、より多くの媒体に紹介して貰いたい…などの理由から、彼等に来て貰うわけなのですが…。
でも、“なぜそんな基本中の基本みたいな質問を今更するかな?”とか、“おいおい、そこで突っ込まないで、どうする?”などと思ってしまい、苛々します。
とにかく、インタビュー・ルームには、色々な方々がやって来ます。
ですから、間に入る通訳者は、とても気を遣います。
まぁ、どの世界の通訳者も、同じだとは思いますが。それが通訳者の使命でもありますし。
そんな時、私が何よりも優先するのは、“アーティストに不快な思いをさせない”…ということ。インタビュー・ルームから立ち去ってしまっては、元も子もありません。それでは“プロモーション”という仕事が全う出来なくなりますから。
ですから、インタビュアーの言葉を変えながら、訳す場合が多々あります。
まずは、挑発型インタビュアーの場合。
“昨夜のライヴ、はっきり言って演奏がダメでしたねぇ〜! あなたもそう思いません?”、“昨夜のライヴでは、どうしてあの曲を演らなかったの? みんなガッカリしていましたよ!”…というような質問。
“出来た人”なら上手く対応しますし、それはそれで興味深い取材になることもあります。しかし繊細・神経質・気難しいタイプや、インタビュー慣れしていない新人の場合は、そんな質問一発で、御機嫌斜めになるか、そのまま部屋から出て行きかねません。
ですから、そのアーティストにより、質問をイジります。
例えば、そうですね、“時差ボケがあると、やはり辛いですよね”とか、“その夜によって、やはり選曲は変えるのでしょうか?”…などと。
それから、やる気のないインタビュアー編。
よくあるのは、“名前と担当楽器を、それぞれ順番に言ってください”、“生年月日と出身地を教えてください”、“バンド結成場所と年を教えてください”…というような質問。
事前に調べればすぐに分かること。それを限られた時間中で、本人達に直接聞くなんて…。あぁもったいない。それも冒頭から、続けざまに。その後のインタビューを左右する出だしから、こんな内容では…。
ですからこちらは、例えば、“今更こんな質問をするのは申し訳ないのですが、でも確認の意味もあるので、念の為、まずはお願いします”…などと振ります。苦し紛れ。
とにかく、その場の空気を読みながら、相手のアーティストの性格により、臨機応変に、色々とやっています。
もちろん、すべては仕事を振って頂いた側と、雑談する中で達した結論。双方同意の元での行動です。そう、“通訳者とはいかに…”という話、彼等とは頻繁にしています。
その逆の立場の場合も然り。
つまり、インタビューする側(=評論家や雑誌社サイド)からの依頼のケース。
とにかく一番大事なのは、“アーティストに気持ち良く話して貰い、興味深い話をどんどん引き出し、良い記事を書いて貰うこと”。それを常々念頭に置いてやっています。
通訳とは、言葉以外の能力…気配りも何かと必要でして、だから大変な作業なのだと思います。
私が“大変”だと感じる、もうひとつの理由。
それは学生時代の2年間、同時通訳コースを取り、並行して専門学校にも通う中で、強く感じたこと。そう、私は幼年期を英語圏で過ごした人間。ですから、例えば、“cat”といったら、頭の中で即、あの“モコモコの動物”を連想します。いったん“ねこ”とやってから、“あぁ、あの動物ね”というステップは踏みません。言葉で説明するのは難しいのですが。
つまり、“cat”と“ねこ”は、別々の引き出しの中に入っているのです。そうしてその引き出しは、完全に独立した空間を作っています。中で繋がってはいません。
ですから、そのふたつの引き出しの中身を繋げるのは、大変な作業になります。
でも、それこそが、通訳という作業に当たるわけです。
そうして実際その“訓練”を積み、それなりにその“作業”が出来るようになったら、今度は、英語を聞いたり話したりする行為が、それまでとは微妙に違ってきていることに、ふと気づいた時期がありました。つまり、引き出しが繋がったことにより、中身はゴチャゴチャ、整理整頓が行き届かなくなってしまったのです。あぁじれったい。物凄く嫌な感覚でしたね。
世間では、ふたつの言葉(或いはそれ以上)を繰る=即通訳が出来る…と思われがちですが、それは大きな誤解。実際はそれがスタートラインで、そのスタートラインに立った上で、訓練や経験を重ね、そうして初めて可能となる特殊技能なのです。
…と、今更ここで書くのも何ですが…。
そんなこんなで、私がここ10年ほどの間で出した結論…。
それは、間に立つよりは直接やる方が、自分には向いていると言うこと。その方が高揚するし、とても心地良い。ですから現在は、直接インタビューをより多く受けています。つまり、自分で質問事項を作成する⇒インタビューする⇒原稿を書く…という作業。そう、雑誌社時代にやっていたことを、再びメインにやるようになったわけです。
あっ、もちろん、通訳業もやってはいますよ!
通訳業とはなかなかに大変で、なかなかに奥深いお仕事だと痛感します。