本を作ることの喜び
人生とは、本当に不思議なものです。
自分の過去の経験が、いつどこで、どのように未来へと繋がってゆくか、本当に分からないのですから。
意味のない日々、無駄な瞬間など、なにひとつないことを痛感します。
小学校の卒業アルバムに“将来の夢”として、“通訳”と書いた(…らしい)ほど、10代の頃から、将来の目標はハッキリしていました。
そうしてその夢を叶えるべく、同時通訳クラスのある大学を選び、実際その授業を2年間受け、並行して、同時通訳の専門学校にも2年間通いました。
ところがしばらくすると、色々な面で、戸惑いを覚えるようになるのです。その最大なる理由は、“色々な分野に関われて、色々な世界の人と接することができる”という事実…。本来ならば、それが通訳業の醍醐味なのだと思うのですが、でも私の場合は、好きか嫌いか、ソソられるかソソられないか、やりたいかやりたくないか、共鳴できる相手かそうでないか、それがそうとう極端なのです。つまり、許容範囲がとても狭い。そんなことに、今更ながらに気づいたわけです。
“これはどうも私には向いていないのではないか?” OJTに出るようになり、その思いは増していきました。
そんな頃、完璧なタイミングで、出版社でアルバイトする縁に恵まれ、そうしてそのまま卒業後に、正社員として迎えられるわけです。“音楽業界で、編集者&インタビュアーとして働く”という、予定とはまるで異なるその展開に、少々戸惑いながらも、でも“水が合わなかったら、その時はその時で、元の道へ戻ればいいや”と、呑気に構えていました。英語を使ってインタビューをし、英語の記事を翻訳する仕事もするわけですから、まるで違う道でもありませんでしたし。
そうして結局、あっという間に、7年が経ってしまいます。
大好きな音楽に囲まれ、驚くほど心地好いその職場にどっぷり浸かりながら、まるでクラブ活動をしているような、夢のような歳月でした。
そうしてこの間に、まるで予期していなかったこと、そう、本づくりの楽しさを知ってしまったのです。
企画書の作成、マネージメント・エージェント・パブリッシャー・レコード会社など、アーティスト側関係者との交渉、ライター・カメラマン・デザイナーなどの手配、ページ割り、現場でのインタビュー、記事書き、写真チェック、そうして校正…と、すべてを自分ひとりでこなすわけです。
こんな楽しいことはないと思いました。
本づくりは、本当に楽しいものです。
しかし、出版社を離れフリーになり、その倍以上もの歳月が流れ、とても忙しい日々を送る中で、そんな喜びなど、すっかり忘れていました。
それが先日、私の大好きな人気風景写真家に、初春発売の作品集の、ある部分の日英翻訳を頼まれたのです。なんて光栄きわまりないことでしょう! もちろん迷わず、お引き受けいたしました。
そうして、いつもながらの、真っ直ぐで澄んでいる文章を眺めながら、言葉選びに緊張したり迷ったりしつつも、久々に上空から天使が舞い降りてきてくれたこともあり、その美しい文章&作品集を汚さないような、納得のいく翻訳文が完成し、予定通りに無事入稿。
さて、数日後。初校の朝…。
いきなり全ページが送られてきて、心臓が飛び出るほどに驚きました。そう、作品集まるごと、you’ve got mail…です! 見せて貰えるのは当然、自分が担当したパートのみだと、思っていましたから。いち大ファンとしては、こんな贅沢なことはありません。驚き、そうして感動しました。
でも実は、写真の部分は、まじまじとは見ていません。言うまでもなく、色校は私の仕事ではないですし、それ以上に、初めて本を手にした瞬間の、あのワクワク・ドキドキ感を、今回もまた味わいたいと思ったからなのですが…。
そうして時代の流れを実感したのは、全ページPDFで送られてきたこと。まぁ考えてみれば、今時とても当たり前なことですが。
それから、最終チェックが文字校の翌日だったのにも、非常に驚きました。私が本を作っていた当時は、初校から数日の後でしたから。
とにかく技術の進歩には、凄いものがありますね。実感。
なにせ私が出版社にいたのは、ふた昔も前のこと。パソコンはおろか、ワープロすら登場していない頃(正確に言えば、退社の年に導入し始めていた程度)。そう、まるでジュラシックパーク、いや、そこまで行かなくても、まぁ縄文時代…と言ったところか。
ですから当時は、初校・文字校から最終校・色校の間、印刷会社の担当者が、雨の日も風の日も嵐の日も、原稿やらポジやらが、ヒラヒラ挟まったデザイン用紙や“紙”片手に、汗を掻き掻き、編集部&印刷所間を、まるで飛脚のように、ひたすら行ったり来たりしていました。それも、編集部員(つまり、私たち)に、“遅いよぉ〜!”と急かされながら…です。
そうして最終チェックは、編集部まるごと大移動、全員で印刷所へ“出張校正”。で、紙&インクの匂い漂う密室に、まる1日詰めた後に、真夜中〜明け方に、目をショボショボさせながら、タクシーで帰宅…ということの繰り返しです。
うーん、とても哀れな、いやっ、とても楽しい時代でした、いま思えば。
…と、そういう事情・過去もあったので、今時の作業過程の簡素化には、ただただ驚くばかりでした。
でも、ひとつだけ変わらないこと。それは本づくりの楽しさ!
こうして久しぶりに、文字校なるものをやったわけですが、いやぁ〜、物凄く楽しかったですね。鳥肌が立ちました。ゾクゾクしました。
さて、残るは現物を手にする瞬間です。これこそは、ある意味、本づくりの醍醐味、最大の喜びの瞬間だったりします。
あと1か月ほど。この期間を一気に早送りしたいくらい、とても楽しみです。
この国そうして世界では、色々と大変なことが起こっていますが、私は美しいものを見て感動する心や、愛おしいと思う心を大切にしていきたい。そうしてそういう思いで、作品づくりに取り組んでいる表現者を、これからも応援していきたい。
……そんなことを改めて感じさせてくれた、情感あふれる美しい作品集でした。
そうして、本づくりの楽しさ……。
今回私が関わらせて貰ったのは、本づくりの全過程の中の、ほんの一段階です。それでも、1冊の本を作り上げるまでの、それぞれのプロたちの熱い思いを、痛いほど感じましたし、みんなでひとつのものを作り上げてゆくことの面白さ、楽しさ、喜び、快感を、久しぶりに味わえた気が、私なりに勝手にしています。
そんな素敵な機会を与えてくださったことに、深く深く感謝です!