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新米だったあのころ

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通訳・翻訳者リレーブログ

“医者って大変だなぁ”
よくそんなことを思います。だって……

誰だって、どの職種だって、最初から完璧な仕事をこなすプロフェッショナルなど、まずはいないはず。言うまでもなく。みんな“初めての瞬間”を経験し、そうしてその後の“駆け出しの時代”を歩む中で、色々な経験をし、色々な失敗を重ね、そうしてその仕事、その世界に、徐々に慣れていくもの。

そう、駆け出しの頃は、失敗の連続。いまならあり得ないようなこと、いま振り返ると、穴を探して入ってしまいたくなるようなこと、そういうことを色々とやってしまいがち。はい、数多くやらかしました。

でも医者は、始めて間もない頃であろうと、何であろうと、何かあるとすぐに、訴えられる職種。まぁ、ひとの命を預かる仕事ですから、それだけ大変な責務を負っているわけで。なので、当然と言えば当然な話ですが…。でも、最初から完璧にできることなど、あり得ないわけで。だから“ああ、医者って大変だな”…とつくづく思うのです。

駆け出しの頃って、だって、ねぇ……

まずは何よりも、インタビューや文章が、いまよりもずっと下手でした。自分が作ってきた雑誌は、部屋の奥の方に、1冊も残らず大切に保存してありますが、いま読み返したら、赤面するような内容が多々ある…に違いありません。

そうそう…
独占インタビューだと思い、興奮していたら、直前に他の雑誌に越されたことは、一度や二度や三度や四度ではなく。
それから、インタビュー数日前に、しっかりとロケハンし、撮影内容を決め、“これで完璧だ”…と思っていたのが、当日実際その場へ行ってみると、あったはずの木々は抜かれ、ベンチは移動され、塀や壁の色も塗り替えられていて、大慌てしたという、嘘のような本当の話とか。
それから、予定されていたホテルの取材&撮影部屋が、同日現場に到着してから、突然変更となり、全員写真の為に用意していた、バンド・ロゴ入り手作りバック紙(写真の背景に使用する紙)が、その部屋の壁にまるで合わず、直前にチョキチョキ図工の時間が始まったことも。
それから、取材先の江の島でボーッとしていて、ミュージシャンごと、車に轢かれそうになったり、京都のある寺でマッタリしてしまい、その直後のリハ&ライヴに、危うく遅れそうになったり…。

いまこうして書いていると、どれもこれも、とても些細なことのように感じられる…かも知れませんが、でも、インタビュー記事数ページを任され、限られた時間内に、取材をこなさなければならない身としては、こういうことはもう、当時は、半端ではなく大・大・大問題でして。

そうそう…
この間リニューアル・オープンした某老舗ホテルは、何度も何度もお世話になった、想い出深い場所。あそこで、来日アーティストの取材を何本行ない、大型別冊号を何冊作ったことか。

正面口から入ろうとしたら、“はいはい、ファンの子はダメダメ!”と、交通整理中のホテル関係者に、追い出されそうになったり。まぁ、それだけ社会人には見えなかったのでしょう。でもそれが何度か続き、ゲンナリしたわたしは、それ以降は必ず、カメラマンと最寄駅で落ち合い、わざわざ機材のひとつやふたつを担ぎながら、“いかにもな雰囲気”でホテル入り。すると引き止められることは、パッタリなくなりました(笑)。

メンバー達と取材の打合せを、喫茶店で食事とりつつやっていると、ロビーにいたファンたちに見つかり(隠れてやっていたつもりが)、あっと言う間に、その元気な女の子集団に囲まれ、とんでもないことになったことも…。後日、関係者にこっぴどく注意されたのは、言うまでもなく。
今ならそんな場所での打合せなど、絶対に絶対にしませんが。経験不足とは、恐ろしいもの。

怖いもの知らずの、“勢いだけの駆け出し20代”には、色々と起こるもの。“経験不足の成せる技”。その例は、書き出したらキリがない。

誰だって、最初は、色々な失敗しでかします。たぶん。
それでも、人との素敵な縁だったり、ちょっとしたタイミングだったり、それから少しばかりの努力&意志と、そうして周囲の叱咤激励により、首はなんとか繋がるもの。そうして数々の失敗から、多くのことを学び、目の前の道がどんどん開いていき、その仕事に慣れてくる。そうすると、やっていることが、益々楽しくなっていき、結果的に、その世界で生き続けていける。

そうそう…
“よくひとつの場所で同じようなこと、何年もずっとやっていられるね”…と友だちによく言われます。
でも、色々なことに首を突っ込み、色々なことができる、そんな器用なタイプではなく。ひとつどころでノンビリする方が、断然心地好い。結果それが、いまの自分の立ち位置になっているような…。まぁ、いま振り返ってみると。

分かり易い例を挙げるならば…
テレビを観る時に、あっちのチャンネルこっちのチャンネルと、色々な番組をパチパチ観るタイプと、少しでも面白そうな番組があると、それを最後まで、ボーッと観続けるタイプがいますが、わたしは間違いなく後者。
狭い、偏っている、欲がない、闘争心がない、上昇志向に欠ける。そう言われると、まあ確かにそうかも知れないのですが…。

でも、とにかく……
そうやって気づけば、同じ世界に20数年。

話があちらこちらに、行ってしまいますが…
雑誌社入社直後、働き出して僅か10日後に、ある単独インタビューを、いきなり任されてしまいまして。
それも巻頭大特集。おまけにそのインタビュー相手は、当時飛ぶ鳥落とす勢いの某ミュージシャン。おまけに、わたしがもっとも好きだったひと。いち読者だった頃、(後に関わることとなる)雑誌の中の、そのミュージシャンの記事を切り抜き、部屋にポスターを貼り、アルバムを繰り返し聴いていた相手。

で、インタビュー当日。
インタビュー会場となるホテルヘ向かう、30分ほどの道のり。完璧顔面蒼白で、両手両足が同時に出る、ヘンな歩き方していたそうな(=卒業証書を受け取る卒業生に、よく見受けられるあのザマです)。
…と当時会社から同行し、他のメンバーのインタビューを隣の部屋で、同時進行で行なった、いまでもとても仲の良い友人は、あの日のことを、笑いながら話すことがあります。いまだに〜
(——〆)

で、肝心のそのインタビュー。
大好きなそのアーティストとの距離、僅か30センチほど。テープの録音ボタン、しっかりオンになっている。相手は当代切っての、あの人気二枚目ギタリスト。さあ、

いざインタビュー開始!
と、その瞬間、いきなり口から出た言葉:
“ネ…ネコが、すごく好きなんですよね? ど…どんなネコと、いま暮らしてるんですか?”
ああぁぁぁぁあ〜〜!! 思いっきり、アホ……。
でも、穏やかで性格のいいその相手、“うんうん、昔から大好き。いま一緒にいるのは、ぶちネコだよ。きみもネコ、飼ってるの?”…と、ニコニコしながら、答えてくれたのでした。
あの瞬間あの言葉あの時の思い、いまでもよ〜く覚えています〜( 一一)

実はつい数日前、同じそのひとの、インタビュー原稿書きをしていました。

インタビューされる側とする側。立場はまるで違えど、こうしてこんな世界で、互いに生き延びてこられたこと。そうしてこうやって再び、インタビュー仕事をする縁に恵まれたこと。そのめぐり合わせ。そうしてその間の歳月。
色々あったよなぁ…。
頭の中は走馬灯状態。テープ起こししながら、何だかジーンとしてしまいました。

続けた。辞めなかった。飽きなかった。
ずっと好きでいられた。
それだけでも、たいしたものだ!

20数年間ずっと変わらず、同じ場所に居続けられたこと。それだけ好きな場所と、めぐり会えたこと。もの凄く運が良かったなぁ…と、このインタビュー原稿書き以来、そんなことをちょっとだけ実感し、そうしてちょっとだけ幸せ気分に浸っています。

ところで、肝心なこと。
最初のあの日あの瞬間と比べて、インタビューも少しは、上手くなったかな? なっていなきゃ、もの凄く問題なんだけどなぁ……。

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記事を書いた人

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高校までをカナダと南米で過ごす。現在は、言葉を使いながら音楽や芸術家の魅力を世に広める作業に従事。好物:旅、瞑想、東野圭吾、Jデップ、メインクーン、チェリー・パイ+バニラ・アイス。

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