ひ・と・り・ご・と
★2番では絶対に駄目な世界も、やはりあるのだと思います。
もっと正確に言えば、結果的に2番だったとしても、それが1番を目指した結果であるのならまだしも、最初から、“2番でいいや”とやった結果であったのなら、こんな情けないことはないと思います。
どんな時にも、まずは1番を目指さなければならない、そんな世界も確実に存在します。
◆スポーツに対する国の予算に関し、先日著名なスポーツ選手達が会見を開いていました。
日本のそれは、他の主要国と比べると、明らかに低いのだとか。非常に憂うことです。
また、“我々の税金だ。選手の移動はエコノミーで十分だ”と良く言われますが、この意見にも納得がいきません。単なる観光客とは、まるで違います。ゆっくりと身体を休め、しっかりと食事をとり、最高のコンディションで、大事な試合に挑んで欲しいですから。
それと同時に、今回のことをきっかけに、自分達が税金で遠征していることを、より強く自覚できるようになれば、とても素敵だと思います。ただ単に、“自分が楽しめればいい”“自分の為に行く”というだけの感覚ではなく。
▲職を探している人達に、介護の世界をもっと知って貰おうと、頑張っている方々がいます。
人材が不足している世界。ですから、それはそれでとても良いアイディアなのだと思います。しかしそればかり連呼することに、強い違和感を覚えるのも確か。あの業界、そうして長年あの業界に従事する専門家達を、バカにしているような気がしてなりません。どう考えても、誰でも簡単にできるような、そんな仕事ではないですから。
“失業者の皆さん、はいどうぞ、こちらに仕事がありますよ”と、安易に門戸を開くのではなく、もっと冷静に考えなければならない側面が、色々とあると感じます。あくまでも、いち素人の意見ですが。
●失業率が上がり、不景気だと言われる昨今。でも周囲を見渡せば、忙しくしている人達は、より忙しくなっているし、才能と運に恵まれ、かつ日々努力をしている人達は、どんどん先へ先へと突き進んでいます。
そうして他との距離が、どんどん広がっています。その差は、益々広がる一方です。これが現実。
★“自分はあの人と比べてどうか”で、自分は幸せか不幸か、勝っているか負けているか、そんな風に考えるのは、どうか止めてください。他者が持っているものを、どうか欲しがらないでください。
あなたはあなた。私は私。あの人はあの人。人それぞれ。あなたが私やあの人になっても、幸せにはなれないし、私があなたやあの人になっても、幸せにはなれません。あなたのような人が大勢いる世界も、私のような人が大勢いる世界も、どちらも詰らない。あり得ないでしょう。
自分はいま、何がしたいのでしょう。自分はどんな未来を、思い描いているのでしょう。自分の心地良い瞬間、自分の理想の世界を、思いっきり追求しちゃいましょ。
◆ある有名経済評論家が、自分がなぜ日々マニキュアをしているのか、そういう時間をなぜ大切にしているのかを、真顔で、とくと説明していました。
聞いていて、何だかとても哀しくなってしまいました。だってそんなことまで、いちいち理論立てて説明しなくても…。ただ単に、“きれいだから”“気持ちいいから”“塗りたいから”のひと言で、それで良いようなこと。“ほら見て! きれいでしょ!”。それで十分。“美しいこと”“美しくありたいこと”に、ゴチャゴチャ理屈などいらないのに。
“感覚的なもの”“本能的なもの”を大切に、もっと動物的に生きられれば良いのにね。
▲世界情勢・問題提起するような、そんな映画や写真展や集会に、たびたび誘われます。
誘ってくれるのは、とても嬉しいことです。そうして、そういうことについて“考えること”“話し合うこと”も、とても重要で意義あること。それは重々承知していますし、実際、“そういうもの”を、色々と観て回り、関心を持っていた時期もあります。でもその結果感じたのは、“これは自分の居場所ではない”と言うこと。眉間にシワを寄せながら、凄まじい“現場”を観ているのは、ひどく居心地悪く、いまの自分には無理だと実感しました。
私は映画や写真やそれに携わる人々を、ずっと好きでいたい。重く感じたり嫌いになったりは、絶対にしたくはない。どうか分かってね。
●今年の“新書売り上げランキング”が発表されました。
相変わらず、ハウツウものが強い、哀しいこの現実。そんな中、小説が1位になったのは、とても喜ばしいこと。それでも、欲を言わせて貰えるならば、同じ小説でも、“話題になっているから”“みんなが読んでいるから”という理由ではなく、“自分で興味を持ったから”“自分で読みたいと思ったから”という理由で、本を取ってくれる人がもっと増えたなら、もっと素敵だと思うのですが。
みんなもっと、頑固にわがままに、自分の世界を追求すれば良いのに。
★最近の“音楽チャート”を賑わしているもの。
それは、男の子・アヒル・亡くなってしまった人・ルックス&年齢と実際の歌声とのギャップが衝撃的な元素人。
感想を書く気力も出ないほどに、とても寂しいこの業界の現状。
◆テレビを付けても、雑誌を開いても、飛び交う褒め言葉は、“かわいい!”“柔らかい!”“甘い!”といったものばかり。
もっと強くて濃厚で強烈で骨太な形容詞が使われ、そういうものが好まれる世界になれば良いのに。
▲嵐山の渡月橋を照らす月明かり。
それはとても幻想的でとても美しく、思わずレンズを向けていたところ、40代前半くらいのカップルに声を掛けられました。
“なぁ、なに撮ってん?”
“あっ、夜空と月を…”
“へぇ〜、そんなんが面白いんか??”
そうしてそのふたり、“フフフッ”と笑いながら、去って行ったのでした。
“あぁ、こういう人達とは、人生で交わることはないだろうな、一生友達にはなれないだろうな”…と、その時強く思っちゃいました。
●文化。芸術、哲学、科学、宗教…。芸術。音楽、文学、絵画、演劇…。
魅力的な作品に、ひとつでも多く出逢いたい。そうして、その感動を少しでも多くの人達に伝えられるよう、行動していきたい。
“ここにこんな凄いものがあるよ!!”……と。
★文化を大切にする国であって欲しい(“文化”に割く国家予算もまた、他の先進国と比べ、驚くほど低いんですよね!)。
◆この国の大人達に、もっと文化や芸術に目を向けて貰うこと。
それにはどうすれば良いのでしょう。何が必要
のでしょう。何が欠如しているのでしょう。
皆さん、“時間がない”“お金がない”“疲れている”といった理由で、どうか逃げないでくださいな。
来年こそは、子供や動物や故人や話題の人やハウツウものばかりではなく、“大人による大人の為の大人の文化”が愛でられますように!
▲“きれい!”“美しい!”“素敵!”
想像力を駆り立てられるようなもの、想像力を駆り立てられるような瞬間、うっとり・ワクワク・ゾクゾクするような場面。
頭ではなく、心で感じられるようなこと。そういう出逢いに溢れた、精神的に潤いある、成熟した世界になれば……と思うのであります。