ほんとにリレーブログ
昨日いぬさんが戦争について書いていらっしゃったので、リレーのバトンを受け取ったつもりで書いてみよう。ちょっと重い話になるかも。
<戦争から目をそむけ続けていれば、戦争のほうでも日本から目をそらしてくれるのではないか、という根拠なき思い込みがあるのではないでしょうか。日本が戦争を放棄しても、戦争のほうでは日本を放棄してはいないのが、現在の国際社会の悲しい現実です。>
いぬさんの上記コメントに激しく共感。日本人は第二次大戦を直視し、自分の頭で考えようとしてこなかった。それが上記の思い込みや、今の諸問題の根源ではないか感じることがよくある。
私が第二次大戦を中心とした現代史の本を読むようになったのは、実はここ数年のこと。ロシア人である夫の影響だ。夫は自国の歴史のみならず、日本の近現代史もやたらよく知っており、ときどき日本のあり方に鋭い批判を浴びせてくる。反論できるほど自分が自国の歴史を知らないことが情けなくて読み始めたのだ。
第二次大戦に関する本もずいぶん読んだ。読んで愕然とした。自分が学校で教わった現代史が、事実と異なっていたからだ。中学校でも高校でも現代史はおろそかにされていたが、その分、自分で調べて知識を得ようなんて努力もせずに長いこと生きてきた。歴史の真実を見ることも、日本のたどってきた道を自分の頭で考えることもせずにいたと気づいたのは、人生の折り返し地点を過ぎてから。
真珠湾攻撃。
奇襲だったと教わった。卑怯なイメージを植えつけられてきた。事実は、日本側は、国際法に則って真珠湾攻撃前に在ワシントン日本大使館から米国政府に最終通告を手交する手筈を整えていたのに、大使館の不手際で攻撃前に届けることができなかったということだ。米国側が事前に攻撃を知っていたということはTV番組で知ったけど、授業では習わなかった。
東條英機の真珠湾攻撃に関する宣誓供述書から
「まず日本をして一撃を加えしめるよう仕向けるというがごとき戦争指導手段がアメリカ側に考えられておつたということはその当時は予期しておりませんでした。」
「…攻撃成功のためにこの(引用者注:最終的通告の)交付を故意に遅らせたというごとき姑息なる手段に出たものでないことは前に述べた通りであります。なおこのことは実際上よりいうも証拠の示すごとく米国は攻撃の前にこれを予知し、これに対する措置を講じておつたのでありますから、もし覚書交付遅延のごときことをするも格別の効果はなかつたのであります。」
東京裁判の時点での日本の主張が、国民に(戦後30年もたってから教育を受けた私も含め)ちゃんと知らされていなかった。国際社会でも、今なお日本はsneak attackをしたと言われ続けている。
と長々と真珠湾攻撃について書いたのは、自分でいろいろな本を読んでみないと真実は見えてこないと感じたきっかけだったから。自分は戦後米国の情報操作で作られた物語の世界に生きてきたのだと気づいたときのショック。日本人として、自国の歴史をちゃんと知った上で、自分なりの歴史観を持つことが大切だと思う。異なる言語間のコミュニケーションに携わる身として、国際社会に生きる身として、まず日本をしっかり見つめなければならないと思う。
真実を見て、反省すべきところを反省し、これからの日本のあり方を自分なりに考えていきたい。
【追記】自分ごときが、日本のあり方をあれこれ考えたり、声をあげたところで、どうにもならないという思いにとらわれることもある。でも、青山繁晴さんの言葉に勇気をもらった。
「『わたしが世の中をよくするために、自分なりに、自分のできる範囲で戦ったことに誰も気づかなくていい。結果を求めるのじゃなくて、まず、わたしが、この蒼い天の下で、祖国の大地の上で、誰が見ていなくても、誰も耳を傾けていないようでも、ささやかに戦いたい』と思うなら、いささかも無力感に囚われることはない」
ON THE ROAD: http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/154fdb56f6ad0eef883274109b1a5382 より引用