高田屋嘉兵衛
週末に野外劇「星の城、明日に輝け」を見てきた。
史跡五稜郭の堀のまわりを舞台に500人が演じるスケールの大きい函館市民創作劇。素人劇とは言え、夜の五稜郭の幻想的な空間での野外劇はなかなかのものである。今年の出し物は高田屋嘉兵衛による箱館の開拓から現代に至る歴史を描いたもの。
高田屋嘉兵衛には思い入れがある。
子どもの頃、函館市内にある嘉兵衛の銅像の前を通るたびに祖父に「誰の銅像だ?」ときかれ、「タカダヤ カヘイ!」と答えるたびにほめてもらったものだが、知ってるのは名前だけで、実のところ何をした人なのかはとんと知らずに育ってしまった。(ちなみに、私に英語を教えてくれたのはこの祖父である)
1982年に司馬遼太郎が高田屋嘉兵衛の生涯を描いた『菜の花の沖』を出したことで、ようやくどんな人だったのかうっすらとわかったけれど、同書を読む機会はなかった。昨年秋に友人が「おもしろかった」とモスクワまで本を送ってくれてようやく、嘉兵衛の本当のすごさを知るに至った次第。
全6巻は読むのに時間がかかったけれど、司馬の嘉兵衛への思い、日露関係そして日本のあり方への思いがあふれた迫力ある作品だった。やはりクライマックスは第6巻。通商を求めてやってきたロシアのレザノフが幕府に追い返されたことに腹を立て、蝦夷で略奪行為に及ぶ。これに怒った幕府は蝦夷地を厳戒態勢に置き、1811年、国後島に上陸した艦長ゴローニンを捕え幽囚するに至る。副艦長リコルドが、ゴローニン奪還の交渉材料にすべく1812年択捉沖で嘉兵衛の船を拿捕。そこからの嘉兵衛がすごい。捕われた事情を知ると、もつれた日露関係を自分が解きほぐそうと捕虜になる覚悟を決める。ロシア語など初めは少しもわからなかったのに、その志を果たすべく、リコルドと気迫のコミュニケーションをとる。ゴローニンを救うという強い意志を持つリコルドもまた嘉兵衛を理解しようと必死に向き合う。この二人の間に育った信頼関係がすごい。両国の和解はこの二人がいればこそ。
異言語間のコミュニケーションに携わる立場として、二人の姿には打たれるものがある。また、外交というのは、人なのだともあらためて思う。今や私も日露関係が良くなることを切実に願う立場になったこともあり、いろいろな意味で嘉兵衛の存在は何やら羅針盤のような気がしている。子どもの頃、銅像を見上げていたときには思いもしなかったけれど。