黄金の秋、芸術の秋
モスクワは、今、黄金の秋。
この季節は、青空と、陽の光を浴びて金色に輝く黄葉の対比が美しいのですが、この秋のモスクワは雨か曇りばかり。一番みたい景色が見られないうちに、どんどん葉っぱが落ちて悲しい。
芸術の秋、ということで、心に残った公演のレポートを。
【ギヤ・カンチェリ×アンドレス・ムストネン】
もともと、あるピアニストがベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」を弾くというので行ったコンサートだったのですが、私の心を捉えたのは、カンチェリの管弦楽曲「Lingering」でした。オケはNew Russia State Symphony Orchestra
何の予備知識もなく聴いたのですが、始まってすぐ、旧ソ連の作曲家による現代音楽だと思いました。激しいパートと穏やかなパートが交互に奏でられるのを聴いて、周囲の大国(主にロシア)に運命を翻弄される小国の民のようだと感じました。指揮者ムストネンがエストニア出身だと知っていたから、そう思ったのかもしれません。
魂に訴えかけてくる曲でした。指揮者がこの曲を愛し、魂をこめて指揮しているのが伝わってきました。私もあんなに集中して聴いたことはありません。最後は「死」を描いているようでした。ろうそくの火が静かに消えていくように、誰かの命が消えたと感じました。大編成のオケが演奏しているとはとても思えない最後のかすかな音が消えてからしばらくの間、指揮者もオケも聴衆も誰ひとり動かず、息をのんでいました。
曲が表していたのは、人生と死だったのかもしれない。「結局最後には死が待っている人生とは何なのか?」
あとで調べたところ、カンチェリはグルジア出身の作曲家で、この曲は今年発表されたばかり。世界初演は、6月にトルコの音楽祭で、やはりムストネンが指揮をしています。私が聴いたのがロシア初演。ちなみに、カンチェリは、ロシアとグルジアの軍事衝突後に「アマオ・オミ(無意味な戦争)」という声楽曲を発表しています。
聴衆は熱い拍手を送っていました。ムストネンは、楽譜を高く掲げ、そして楽譜を抱きしめました。彼がどれだけこの曲を愛しているか、世界で最初の指揮者になれた喜びを感じているか示すように。私にとっても忘れがたい音楽体験になりました。日本でもムストネンの指揮で演奏してほしいです。
【モイセーエフ・バレエ】
誘ってもピアノのコンサートには行きたがらない娘が、バレエやダンスだったら行きたいと言うので、一緒に見に行ったモイセーエフ・バレエ。いわゆるバレエではなく、民族的な要素が強いアクロバティックなダンスです。
プログラムの第1部は、世界の踊り。ロシア、ハンガリー、ブルガリア、セルビア、メキシコ、フィンランド、ギリシャの踊りを次々と披露。ディズニーのパレードを見ているときのように、無条件に楽しくなります。やはりコサックダンスが楽しい!
第2部は、ムソルグスキーの『禿山の一夜』。
初めはロシアの村祭りのような設定で、みんなで楽しく踊ります。
したたかに飲んだ男が酔いつぶれて、外で大の字になって寝ているところに悪魔が登場。男を担いでどこかに連れて行こうとするところで、オケが『禿山の一夜』の演奏を始めます。連れて行かれたのは魔物たちが集まる禿山。暗い舞台に炎のような赤い照明が、おどろおどろしい。演奏はクライマックスのあたりから、打楽器のみの演奏に変わります。このときの踊りが凄まじかった。ほんとうに魔物の狂宴という感じ。再び『禿山の一夜』の演奏に戻り、朝が来て酔っ払いが目を覚まし、あれは夢でしたということで終わります。会場は熱狂。ホントにすごかったもの。いや〜、いいものを見ました。親子で大満足。