五感は常にフル回転?
通訳業務というのは人間の感覚神経を使うもの。五感全部とまではいかないが、視覚と聴覚は常にフル回転だ。たとえば放送通訳の場合、30分間でどのような感覚を使っているのだろうか?
まず私の場合、ヘッドホンの左耳から英語の音声を聞く。右耳のヘッドホンは少し耳からずらし、自分の日本語訳を聞いている。一方、目の前にあるテレビ画面は、ニュースキャスターや現地記者の表情を読み取るためにも必須。耳で音声だけを拾えれば訳せるかというと、必ずしもそうではない。やはり相手の表情がとても大事になってくる。このため、電話インタビューなどは相手の顔が見えないので、訳すときも難しい。でもこれは「電話=表情が見えない」として最初からあきらめられるのだが、そこまで割り切れないのがテレビ電話。戦地などから送られてくる衛星回線を使ったテレビ電話は、映像と音声の間にコンマ数秒の差がある。映像に頼ろうとすると音声とずれているのでかえって訳しにくいのだ。
本番中は他にも手元の英文原稿を参照したり、隣のPC画面で最新ニュースをチェックしたりと視覚は常にフル回転。細かい数字が出てくればそれを素早くメモして訳さなければならないし、わからない単語もその場で電子辞書で調べるなど、目、耳、口、手は常に稼動状態だ。通訳をずっとしていればのども渇くので、合間に水も飲む。ブースに入っているのはわずか30分だが、こうして書き連ねてみると30分間で実に多くのことをしていると改めて思う。でも通訳は頭脳スポーツにも似ているので、終わったときは疲れてはいるものの、一種の爽快感もある。
一方、私がいまだに慣れないのは二人の子供たちの「同時進行型おしゃべり」。夕食時はたいていこんな感じだ。
長男4歳「今日幼稚園でね、新聞紙で剣、作ったんだよ。それでね・・・」
(数秒遅れて)長女2歳「あのね、ピングーがね、おいすにね、ドカーンていっちゃったの。先生にね、お箸、食べられちゃったのー。でね・・・」
二人とも私の目を見てほぼ同時に話しかけてくるので、どちらかの目を見て相槌を打っていると、もう片方が「ねーねーねー!」と母の気を引こうとする。そちらに返事をすると今度はもう片方が黙っていない。長男の方はある程度話す内容がわかるのだが、長女はまだ言葉を覚えたてなので、聞いている私も「???」な状態。しかも食卓の向こうの留守電は帰宅以来チェックしておらず、赤ランプが点滅中。あ〜、早くチェックしなきゃと内心焦る傍ら、目の前のおかずも子供たちに食べさせなければならないし、私もおなかが空いているし・・・。
通訳歴より母親歴の方がはるかに短いので、親稼業の五感はまだ発展途上だ。