先輩の義務
通訳は体力勝負。スタミナ作りのためスポーツクラブへ通うのも私にとっては仕事の一部である。私のお気に入りは音楽にあわせてバーベルを使うクラス。ウェイトを自分で調節するのでマイペースでできるし、音楽も元気が出る曲ばかり。幸い私の通うクラブは全国に支店があるので、仕事の合間に最寄の店舗へ出かけている。
先日参加した某店舗でのこと。先輩インストラクターとOJTインストラクターのペアによる60分レッスンだった。OJTの講師はまだ若く、これから実践を積んでいずれは一人でクラスを受け持つという段階だった。
そのインストラクターは初めてのOJTなのでかなり緊張していた。一生懸命さが表れていたと言ってもいい。「ひざを伸ばしきらないで」「背中が反らないように」「腕は軽く曲げて」など、レッスンに必要な知識を参加者たちに向かってずっと述べていた。「ひたむきに頑張っているな。緊張しているけれどにこやかでさわやか。これなら今後経験さえ積めばどんどん指導力も伸びるはず」と私はレッスンを受けながら感じていた。
しかし先輩インストラクターはなかなか手厳しかった。皆の前で「うーん、キミ、まだ声が小さいなあ」「一緒に飲みに行くと全然違うのになあ」「やっぱ声が小さいよ」と一曲ごとに辛辣なコメント。確かに先輩の彼はキュー出しも上手だし、声も大きく聞きやすい。たとえ話や冗談なども交えてテンポ良くレッスンを進めていた。でもだからと言って新人に最初から完璧を求めるのもなあ・・・と私は思った。
齋藤孝氏は次のように述べている。
「初年度の教師が持つ緊張感は、生徒にも伝染する。その緊張感の共有が、一つの同じ場を作り上げているのだという意識を生み出す。参加し作り上げる感覚が、生徒の方にも生まれる。」
「教育力」(岩波新書。2007年)
つまり逆を言えば経験のある教師はそつなく授業をこなす分、生徒は安心する一方で油断もしてしまう、というわけだ。
誰もが新人時代はあったはず。先輩の役目は後輩を温かく見守り、育てることではないだろうか。厳しくして伸ばすというやり方も確かにあるけれど、萎縮してしまっては伸びるものも伸びない。後進を育てることこそ先輩の役目であり、義務でもあると私は思う。