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息子の通訳に学ぶ

かの

通訳・翻訳者リレーブログ

 もうすぐ4歳になる娘が転んで腕の表面に擦り傷を作った。浅い傷ではあったが、500円玉硬貨ぐらいの範囲でザーッと皮がむけた。消毒して少し大きめのばんそうこうを貼る。子どものことだからすぐにかさぶたになって治るだろうと親は思っていた。
 しかし二日たってもまだ表面はジクジク。それで通気性のある傷あてパッチに替えた。これなら少しは風通しも良くなるから、かさぶたもできやすくなるだろう。本来ならばうんと空気にさらして乾かしたいところだが、まだまだ長袖の季節。しかも幼稚園に入ったばかりなので、汚れた手で傷口を触るのも心配。やはり傷口は覆うに限ると思った。
 三日目。まだ表面は湿ったまま。そこで夫が泡で傷口を乾かすタイプのスプレー薬を買ってきた。お風呂上りに娘の腕につけてみると、まるでシェービングフォームのようにアワアワが。これなら娘も喜ぶだろうと思っていた。ところがどっこい!娘は烈火のごとく怒り出したのだ。しかも大号泣!しゃくりあげて大泣きするので、何が不満なのか親のほうは聞き取れない。それでも何とか単語をつなげて解釈してみると、どうやら薬のにおいがイヤで、泡という物体も気に入らないらしい。要は彼女の美的感覚に合わなかったのだ。再び傷あてパッチに戻る。
 翌朝。もうそろそろいい加減、傷口を何とかせねばと私は焦り始めていた。それで私は軟膏を塗り、ガーゼで軽く覆ってテープでとめてみた。ところが娘は、園服を着るとガーゼがずれそうだと言ってグズグズ。登園時間が迫る中、私は娘にこう言った。
 「お袖をゆっくり通せばガーゼはずれないよ。それにそろそろ傷口を空気にさらしてかさぶたを作らないと、ジクジクが治らないでしょ。ジクジクが続くと皮膚が化膿しちゃってもっと痛くなっちゃうよ。だからガーゼにしようね。」
 しかしそれでも娘は渋っている。するとそばにいた5歳の息子が妹に向かってこう語りかけた。
 「あのね、ガーゼにしておけば痛いところが乾くんだって。それでね、乾くとかさぶたができるんだよ。そうすると痛いところがどんどん治るの。わかった?だからガーゼにしようよ。ね?ね?」
 こう言いながらしきりに妹の顔をのぞき込んでいた。いつもはケンカばかりしている兄妹だが、この日の息子の言動に私は大いに考えさせられた。私の言いたいことを妹の目線で、しかも妹にもわかる簡単な言葉で通訳してくれたのである。娘はホッとしたような顔で兄を見ていた。
 私の説明は医学的に見れば決して間違ってはいない。しかし聞き手、つまり3歳の娘には難しすぎた。相手がわかって初めてコミュニケーションが成立する以上、この日のすぐれた通訳者は私でなく息子であったのだ。私は普段の通訳業務で、自己満足の通訳に終わってはいないだろうか。この出来事であらためて考えさせられた。

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記事を書いた人

かの

幼少期を海外で過ごす。大学時代から通訳学校へ通い始め、海外留学を経て、フリーランス通訳デビュー。現在は放送通訳をメインに会議通訳・翻訳者として幅広い分野で活躍中。片付け大好きな2児の母。

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