自分の仕事に愛があるか
ここ数週間、仕事のあり方について考えてきた。
一言でまとめれば「今の自分の仕事に愛があるか」ということだと思う。
自分のやっている仕事が好きであれば、どんなに大変な条件でもがんばれる。けれど否定的な気持ちがあれば、仕事に必要な勉強や積極的な姿勢も色々な理由をつけて拒んでしまうのだろう。
ずいぶん前に雑誌の仕事でオックスフォード大学を訪れたことがある。取材先はピット・リヴァース博物館。そこに所蔵されているものを撮影し、担当者にインタビューするというものだった。お話を伺ったのは民俗音楽学専門の先生。展示されている世界各地の民族楽器を前にして興味深いインタビューとなった。そのとき私は民俗音楽には特に関心がなく、目の前の陳列品も普通の工芸品にしか見えなかった。しかしその先生が取材の間、何度も‘Oh, this piece is beautiful!’ ‘This one is absolutely wonderful!’とニコニコしながら説明してくれたのである。お話を伺ううちにこうした楽器がかけがえのないものであると私自身思えるようになり、インタビューが終わるころには私もすっかり民族楽器に魅了されていたのである。このとき感じたのは、先生が自分の仕事を心から愛しているということ。そしてその魅力を何とかして他の人に伝えようとしていた点であった。
一方、私が独身時代にお世話になった内科の先生も、自分の仕事に前向きに取り組んでいる方だった。その病院は予約制でなく、いつ行っても混んでいた。小児科も併設していたので、待合室は大人と子どもで大混雑。日によっては長時間待つこともある。しかしいったん診察室に入ると先生は「はい、かのさん、こんにちは。今日はどうしました?」とにこやかに問いかけてくださるのである。もうその一言で私など半ば回復したような気になり、内心「あれ、何で今日来たんだっけ?」と思ってしまったほど。それぐらい温かなお人柄の先生だったのである。連日ものすごい人数を診察して薬を処方し、場合によっては患者さんの話を延々と聞かされることもあるだろう。通訳者の場合、毎日あちこちへ移動し、新しいトピックや現場に刺激を受けているが、医師の世界はそれとまったく異なる。しかしそのような中でも笑顔を絶やさず、いつでも相手の立場に立てるというのは自分がその仕事を愛していない限りできないと思う。
5月9日水曜日のNHKラジオ第一放送で作家の鈴木光司さんがこう述べていた。
「ぼくは大酒飲みだし、これまでいい加減に生きてきたけれど、自分の仕事について若い人たちに話すのが楽しくてしょうがないんです。」
未来を担う若者や子どもたちに、自分の仕事をわかってもらいたい。そのためには喜んで説明していきたいという内容であった。その鈴木さんの言葉からは自分の仕事への愛があふれていたのである。さらに社会で生きていくために必要なのは「理解力、表現力、想像力」とも述べていた。この3つは通訳業のような語学専門家にも求められるもの。私自身、自分の仕事をいつくしみ、これらの力をさらに向上させるべく、今後も励みたいと思う。