ある日のいぬ家
(よくは分からないが)「ベイブレードのゲームをやるんだ」と言って近くの大型ショッピングセンターまで出かけた係長(息子)が、「大変なことになっちゃった」と言いながら帰ってきた。カツアゲ(懐かしい語彙だな)でもされたのかと尋ねると、何のことはない、自転車に乗っていて転んでしまって、自転車がパンクして一部壊れてしまったのだそうだ。体の方が心配なので、大丈夫かと尋ねると、ちょっとあざができたぐらいらしい。まあ、そんなことはよくある。「お父さんも、よくすっ転んで、あちこちすりむいたり、ハンドル曲げちゃったりしたもんだよ」と言うと、少々ホッとしたもよう。
その後妻と一緒に、近所のお世話になっている自転車屋さんに行った係長だが、なんと自転車屋さんのおじさんは「サービスですよ」とお金を受け取ろうとはしなかったという。ありがたい話だ。妻の高校の先生から送っていただいた北海道産のジャガイモと玉ねぎ、それから妻の福島の叔父から送っていただいたリンゴがあるので、それを明日お礼に届けようという話になる。
このところ鍋物にカレーと来ていたので、今日の夕食はちょっとあっさり目にしようという話に。納豆と薬味をたっぷり乗せた冷奴と、具だくさんのお味噌汁にご飯。それからクックパッドで見かけたこんにゃくステーキをちょっとアレンジしたこんにゃくの炒め物を作った。こんにゃくに隠し包丁をたくさん入れてから一口大に切り、それをニンニクと玉ねぎと一緒にオリーブオイルで炒め、ツナ缶を一つ入れた後に麺つゆで味付けする。これは受けたので嬉しかった。
さて、マンガやらコマーシャルやらで洗脳された係長が、「ゲーム欲しいゲーム欲しいゲーム欲しい」と、頭のイカレたオウムのように繰り返すのに対して、夫婦で「絶対にダメッ!」と鉄壁の防御を敷いていたのだが、そのうち僕と妻の電子辞書で子供たちが遊ぶようになった。せめてゲーム機のような、「ボタンがついてて、画面があって」というものをいじりたかったようだ。それはそれで微笑ましいというか涙ぐましいというか。
そのうちに辞書の発音機能の使い方を学んでしまい、家中の英語のスペルを入力してはしゃべらせるという遊びが流行中だ。しかも最近の辞書は芸が細かい。イントネーション機能などもついている。例えば、「OK」という単語ひとつとっても「いいよ」「ああ、分かった分かった」「まあ、いいけど?」「文句は言わせないよ」みたいに発音し分けるので、商売柄こちらとしてもついつい聞いてしまう。
そうこうするうちに、係長が(紙の)国語辞典の面白さに目覚め、社長(娘)も何となく興味を示すようになったので、妻がクリスマスプレゼントに買ってきた。その国語辞典に、「ドラえもん」とタイアップした「辞書の使い方」みたいなDVDがついていたので、夕食後に見ることに。社長は見る気満々で、辞書を持って楽しみにしている。
立命館小学校(だったかな?)で行われている「辞書引き学習」の説明がメインで、個人的にはすでに本で読んで知っていたものの、大学の授業で使えないかなあと思って割合熱心に見てしまった。なかなか面白い。
でも、紙の辞書を持ち歩かせるのは、きついだろうな。女子学生が多いから、重たくてかさばるものを毎日大学にぶら下げてくるのは負担が大きいという反応が出るんじゃないか。大学においておける場所があれば、何とか成立するかなあ。
DVDを見終えた後は、妻がお題を出して、兄妹2人で辞書の引き比べ(係長の辞書は、社長のものとは出版社が異なり、定義が微妙に違っていて面白い)が始まった。僕はちょっと食べ過ぎて、そばの布団にゴロンとなりながら、The Berlin Candy Bomberを読む。児童書というか、ヤングアダルト向けあたりなので、読みやすいと言えば読みやすいが、たまにちょっとひっかかる部分もある。まだまだ英語力が足りんなあ。まあ、半分寝ながら読んだりしているので、余計になかなか進まないのだが。
Halvorsenさんが、初めてベルリンの街を目にした時の様子が印象的だった。
(54ページから、いぬ訳)
ベルリンの近くまでは、ふわふわしたボールのような白い雲に出たり入ったりが続いた。そして突然、ベルリンの真上で、ぽっかりと雲が一つもなくなったのだ。街を見下ろした私たちは、息をのんだ。ベルリンの状況について、今までいろいろ読んだり聞いたり見たりしてきたが、眼下に広がる荒涼とした破壊のつめあとは、想像をはるかに超えたものだった。かつては荘厳な建物だったものの無残な残骸が、空に向かって必死に手を伸ばしており、その足元にはがれきの山ができている。そんな光景が、街の端から端まで広がっている—残った建物が空からはまだら模様に見える、徹底した破壊行為だった。アンハルター駅は、壁の一部が残っているだけで、完全に破壊されていた。
「一体全体、このどこに2百万人も住んでるんでしょうねえ?」エルキンス軍曹が、私とジョンの間のジャンプシートから立ち上がりつつ尋ねた。返事はなかった。2人とも、首を振るだけだった。
イギリス空軍とアメリカ軍の爆撃機によって、ベルリンはほぼ完全に破壊されていた。空襲で破壊されずに残っていたものも、雨あられと降り注ぐ砲弾によってとどめを刺された。砲弾を送り込んだのは、自分の家族にナチスドイツが加えた残虐行為も記憶に新しく、復讐の念に燃えるソビエト軍の兵士たちだった。眼下に広がるのが、その結果だ。そして今また、まったく別の目的で、イギリス空軍とアメリカ空軍の航空機がベルリン上空を、何十機と飛んでいるのだった。
(訳ここまで)
55ページの写真は、終戦直後の東京の様子を思い起こさせる。石造りの街なので、東京よりは形を(部分的に)とどめている建物が多いのが違いといえば違いだが、ひどい状況だ。61ページの飛行場のわきの鉄条網に群がる子供たちの写真も、そのまま終戦直後の日本の記録写真に重なる。こんな時代があったのだなあと考え込んでしまった。とにかく、こういう状況の再来だけは防がねば。もっとも、次に何か大きなことがあったら、そんなことでは済まないだろうが……。
などと布団で考えている間にも、子供たちの辞書引きゲームはエスカレートしていた。食卓に行ってチョコをつまみつつコーヒーを飲んでいると、社長が言葉の定義を元気に音読していた……が、アクセントに若干難が。何を引いていたのかは忘れたが、いきなり、
「アフリカ源さんの植物」
と言われてコーヒーを吹きそうになった。妻も「クッ!」と言って笑いをこらえてい
る。係長はこらえきれずに「うひゃひゃひゃ!」と笑いだした。アクセントが違ったことに気付いた社長、あわてて、
「あ、違った。アフリカ原産の植物だ……もうっ、笑わないでッ!」
そんな無理をおっしゃられましても。
いやまあ、今年もこんな日々がずっと続きますように、と祈るのであった。