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お外で遊びなさいっ!

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

2月18日の日経新聞の教育面と大学面を見ていて、いろいろ考えてしまった。

教育面の方は、「『英語村』に学内留学」と題して、近畿大学の取り組みが紹介されている。学内の施設で日本語厳禁の英語空間を作り、そこで様々なイベントを行って、「英語を楽しく学ぶ」ことができるようにした、とのこと。

この施設は、近々見学に行こうと思う。神田外語のSALCは、それをハード的にもソフト的にもはるかに上回っているわけだから、もっとものすごいことができるはず。何か悔しい。

それにしても、「体育会系」の英語教員としては「ああ〜ん?『たのしくえいご』だあ〜?ぬるいっ!ぬるすぎるっ!」と思ってしまうのだが、北爪佐知子教授の、次の言葉にハッとした。

<引用ここから>

 グローバル化に対応できる学生育成のために、多くの大学や教育機関が推進してきた教育の常識は「高い目標を持つ優秀な学生を選抜し、留学させることでより磨きをかける」ことであった。
 しかし、私たちは全体の底上げこそが重要だと考える。「ともかく苦手」と英語アレルギーを持つ学生でも「英語が話せるようになる」「英語が好きになる」ことが目標である。

<引用ここまで>

この考え方にも、確かに一理も二理もある。しかし、外語大学においては、そもそも「高い目標を持つ優秀な学生」が最初から入学してくるはずなのだから、「楽しい!」だとか「学内がまるで外国みたい!」というものの、さらに上を目指して行きたいものだなと思う。

あくまで印象論だが、勤務先の学生たちは、もっともっと伸びる「伸びしろ」はあるような気がするのだ。そこを何とか伸ばしてあげられないものか。

それが来年度のテーマとなっている。

***

続いて大学面に目を転じてみると、「留学 奨学金で後押し」という大見出しが。これもなあ、何だかなあ、と思う。

<引用ここから>

大学や地方自治体の間で、大学生の海外留学向けの奨学金制度を新設・拡充する動きが広がっている。経済のグローバル化で国際感覚や語学力を持つ人材が求められるようになっているためだ。景気低迷や海外大学の授業料高騰で日本人留学生は減少傾向が続いており、奨学金制度の充実で海外で学ぶ学生の数を回復させる狙いがある。

<引用ここまで>

とのことだが、本気でそう考えているのだとしたら、ちょっと方向性がずれているような気がする。

そもそも、留学する学生の数が減ったのは、経済的理由ではなくて、海外への関心が減ったからなのではないかと思う。

もっと言えば、大学で教養課程が全廃されたあたりから、「自分の関心のあること以外に目を向け、知的世界や物理的活動範囲を押し広げて行く」という姿勢がなくなってきているのではないか。そこを変えずに「お小遣い」で釣ろうと思っても、学生たちはのってこないはずだ。

勤務先の大学の交換留学制度(学費はまったくかからない)にしても、競争率が高いとはとても言えない状況が続いている。外語大学でそうならば、一般の大学の状況は推して知るべしなのではないだろうか。

2年近く前のことだが、学生に
「そろそろ春休みだね。僕が学生の頃よりはずいぶん航空券も安くなったし、休みも長いから、のんびり海外に行けるでしょう。どこに行くの?」
と話しかけたところ、
「いやあ先生、海外はいいですよぅ、別に。バイトしてます」
と返されて、「外語大の学生なのに自分の習った言葉を実地で使ってみたいとか、現地の空気を吸いたいとか思わないのかなあ」と歯噛みしたことがあった。

そもそも、グローバル化に対応できるような人材ならば、金で釣られなくても何とか留学の道を切り開こうとするだろう……と思うのだけれど、それこそ「全体の底上げが重要」という悲しむべき状況になっているのだろうか。

「留学に『行っていただく』」と言わんばかりのシステムには、どうも違和感があるなあ。

留学に「憧れ」が付随していた時代は、「遠くなりにけり」なのだろうか。どうやったら学生たちの留学への関心を高められるのだろう。

そうそう、「就職活動に影響が出る」と1年間の留学を半年で切り上げる学生も多いらしい。信じられないことに、就職部がそれを奨励している大学もあるそうだ。

「シューカツ」と「留学」が天秤にかかっている限り、留学する学生は増えそうにないし、お小遣いを持たせて国外に無理やり送り出してしまえば「何とかなるだろう」というのは、「英語なんか、アメリカに行っちゃえば何とかなる」というのと同等の暴論だと思う。

教育機関としての大学の存在を取り戻すこと。
教養教育を復活させ、広い視点から知的好奇心を刺激して行くこと。

この2点を支点としてテコ入れを出来ないものか、と個人的には考えている。

Written by

記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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