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背負ってしまったので、次はみなさんも・・・

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

登山家の野口健さんの講演会に妻と2人で行ってきました(だいたいこういう面白い話を見つけてくるのは妻なのです)。いまやすっかり人口に膾炙した感のある「清掃登山」に端を発した氷河湖決壊の危険性の話がメインで、それから話は第二次世界大戦の戦没者の遺骨を日本に戻そうという運動にまで及びました。

印象的だったのは、「僕は登山家だから、現場に行く。現場に行くと、現状を見てしまう。現状見てしまうと、背負ってしまう。」という言葉でした。

以下、公演内容をざっと列挙します。

*清掃登山について*
・エベレストに上ろうと現地入りすると、日本隊のゴミがあちこちにある。ヨーロッパの登山家たちから、次のように言われた。
「中国隊や韓国隊のゴミも、確かにある。しかし、発展途上国である(このあたり意見は当然分かれるでしょうが)そういう国がゴミを捨てるのと、先進国である日本隊がエベレストにゴミを捨てるのは、意味が違うだろう」

・それではとシェルパを集めて清掃隊を組織したものの、始めはシェルパからの抵抗もあった。

・ネパールは40〜50の民族からなる多民族国家で、ヒンズー教に基づくカースト制が根付いている。基本的に1民族1階級で、シェルパ族は真ん中ぐらい。そしてゴミ拾いは下層カーストの仕事だという認識があったため。

・しかし、ゴミを拾ううちに、シェルパたちの考え方が違ってきた。2008年からはシェルパが自発的に国際清掃隊を組織。

・シェルパたちの意識が、ゴミを拾ううちに変わってきた。清掃隊から3人の犠牲者が出たときに、野口氏が「隊長として自分に責任がある。しかし、亡くなった人への責任は、取りようがない。こんな犠牲を出すようなことは、もうやめようと思う」と言うと、シェルパのほうから「いや、最後までやろう。エベレストからネパールを変えたい」という声が上がった。

・亡くなったシェルパの奥さんにお悔やみを言いに行くと、子供を抱きながら「主人は赤ちゃんだったこの娘に『お父さんはすごいことをやっている。お前が大人になる頃には、ネパールは大きく変わっているぞ』と繰り返し語っていた」と言われた。

・韓国で「これがあなたたちの国の登山家が出したゴミだ」と記者会見で見せ付けると、取材陣から罵声が飛び、翌日には大々的に報道された。それがきっかけで、韓国人の有名登山家主導の清掃登山も始まる。怒るという反応も大切。

・中国で同じことをしたが、新聞には一行も取り上げられなかった。

*氷河湖の決壊の危険性について*
・清掃登山などでエベレストに行くたびに気付くのは、温暖化と気候変動。ついに氷河や氷河湖が溶け出した。

・いわゆる「エベレスト街道」の上にある氷河が溶けると、数万人が全滅する。これは登山家とシェルパといった、個人レベルの活動ではどうにも出来ない。

・シェルパの苛立ちと怒りはつのる。「俺たちは温暖化の原因を作ってないじゃないか!」それを聞けば、やはり「背負って」しまうもの。

・北極の氷が溶けるのは、ビジュアル的に訴えやすい(やせこけたシロクマとか)が、氷河はもともと栄養分もなく生物もいないので、ビジュアル的に「地味」。

・氷河が溶けると、下流のバングラデシュで大洪水。一年で川幅が250メートル広がったと言われ、次に来るときに証拠になるように写真を撮って帰ると、今年は250メートルどころか、500メートル近く広がっていた。1200人の児童がいた学校が、跡形もない。別の場所に疎開したが、児童数は半分の600人ほどに。残りは?と尋ねると「流されたまま、安否が確認できないまま」とのこと。

・何とかしなければと「水フォーラム」で訴えたが、その後に何のアクションも起きず、非常に落胆する。

・それに対する野口氏の父上の言葉。「国際会議とは、大きな流れを作る場だ。1回の会議、数日間の話し合いで、全て解決するわけがない。ましてやお前は、友人を助けようとしているんだろう。1回やって上手く行かなかったからと言って、諦めるのか?」

・洞爺湖サミットなどでも訴え、福田総理などとも面会して、アクションにつなげる。

*遺骨収拾活動について*
・エベレストで、体調が悪化して死にかけた。もう助からないと思い、手帳に遺言を書き、それでも足りないのでマットに、続いてテントにも書く。それでも死なない。「日本に帰りたい」としみじみ思う。その時「第二次世界大戦において、海外の戦場で戦死した方々は、どんなに日本に帰りたかっただろうか」と思う。「生きて日本に帰ることが出来たら、遺骨収拾の活動をしようと決心する。

・遺骨収拾に関して、日本政府の対応はあまりに冷たい。

・武装ゲリラの出るような場所で、30人ほどの武装ボディーガードをつけて遺骨の調査をする。自決したらしく、骨がバラバラになっている遺骨が、終戦時そのままの状態で残っている。持って帰りたいが、あくまで名目は「調査」なので、骨に手を触れるのは違法。

・帰ろうとすると「おい、数十年放っておいて、ようやく来たのに、もう帰ってしまうのか」と呼びかけられたような気がした。「済みません。もうすぐ正式な迎えが来ますから」と言って帰る。

講演の内容は、大体以上です。その後質疑応答に入りました。講演会の楽しみの一つは、この質疑応答で、いろいろな情報をさらに引き出すことです。

まず一人目が手を挙げ、何を聞くのかなと思っていると「すみません、サインしてください」。これにはガクッと来てしまいました。

次に二人目。福島県出身の方で、帰省するたびに地球温暖化の影響を感じるというような話を長々としたあと、質問をするのかと思えば「これからもどうぞ頑張って下さい」。

以後大体そんな調子で、聞きたいことがあって手を挙げていた私は、質問時間が終わってしまうのではないかと、かなりヤキモキしていました。

ようやく順番が回ってきて尋ねたのは、「氷河や氷河湖の決壊に対して、世界としてどんな対応が出来るのか」「このような問題に対して、我々個々人としてどんなことをしていけば良いのか」ということでした。

野口さんの答えです。

・氷河湖に関しては、いくつか対策があり、地理的社会的条件も考えながら対応したら良い。
水門を作る
穴を開けて水を抜く
危険地帯からの村ごとの移住など

・温暖化は止まらない。

・温暖化によって被災した地域からの「環境難民」受け入れということができないか。すでにニュー

ーランドはツバルからの移民を受け入れている。しかしこれは、ニュージーランドで働ける人だけという条件があるので、家族がバラバラになってしまう。

・環境問題に関しては、自分ひとりで背負ってはいけない。他人を巻き込んでいくこと。富士山清掃登山、1年目は百人しか集まらず。今では6500人突破。

・上からの目線で、環境を語ってはいけない。(環境問題は「ボトムアップ」の動きが基本)

・環境保護団体のあり方も考えるべき。かつては過激な活動をして注目を集める必要があったが、今では十分注目は集まっている。あまりやりすぎると一般の人々から「引かれて」しまう。

講演の終わったあと、カフェでお茶を飲みながら、妻とあれこれ熱く語り合ってしまいました。今日の話は、英語教育の現場と英語教育そのものの研究についてなどにもいろいろ当てはまることが多く、我々自身もいろいろ「背負って」しまったね、などという内容です。

そんなわけで、次は読者のみなさんも「背負って」みてはいかがでしょうか。

おまけ その1
ブログを書くためにキーボードを叩いていて思わず爆笑した誤変換。

「正装登山」

モーニングやらドレスやらを着込んだ紳士淑女が酸素ボンベを担いで冬山にアタック!みたいな。

おまけ その2
ブロクの内容には全く関係ないのですが、昨日の夕食の席で、「地面をずっと掘っていくと、何があるの?」という話になりました。すると小学校1年生の息子がおもむろに、

「関東ローム層」

あまりにカルトな答えに笑っていると、幼稚園児の娘が目を輝かせながら、

「じゃあ、ブラジル!」

食卓は爆笑の渦に。お嬢さん、掘り過ぎです!地球の裏側まで行っちゃってますがな!

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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