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あいつ

ハイキャリア編集部

拝啓!通訳・翻訳者の皆様へ

先日、あいつがでた。生まれて初めて見た。

スーパーで買ってきた、ちょっとだけリッチなカップ麺をキッチンの下の棚にしまおうとしたら、あいつがいた。黒く光っていた。あいつの2本の触覚がゆらゆら揺れていた。生まれて初めて東京で泣いた。

でも、予兆は前からあった。

2か月ほど前に、麻婆豆腐を作ろうとして、三温糖を開いたら、中にゴマみたいな黒い点がいっぱいあった。
最初は特に気にせず使っていたが、三温糖付近を見渡すと、不自然に広がる黒い点々。

スマホで調べ、正体を知り、嗚咽した。生まれて初めて東京で嗚咽した。

以来、僕は自炊をやめた。

薬局で、ダミー餌を大量に購入し、これでもかってくらいに、キッチン下に敷き詰めた。

なのに、先日、あいつはやってきた。
敷き詰められたダミー餌の上に乗っていた。笑っていた。
僕がぎちぎちに敷き詰めたがばっかりに、ダミー餌の開口部への導線が見事に断たれていた。

以来、僕は在宅勤務をやめた。

朝はなるべく早く家を出て、仕事が終わってからは付近で時間をつぶし、
夜は0時近くに家に帰る。

寝るためだけに帰る。土日も家にはいられない。
風呂もできるだけキャンセルする。
風呂は湿気を生み、湿気はあいつを呼ぶから。

でも、ある日気が付いた。

家にいなければ、人は活動する。家にいなければ、人は何かをする。
結果として僕の場合は、別にこれといったモチベがあるわけでもないのに、
なんとなく勉強してみたり、なんとなく友人を手伝ってみたりするようになった。

本当は早く家に帰って淡麗が飲みたいけど、
あいつがいると酔えないし。
本当は早く家に帰ってゲームがしたいけど、
あいつがいると冷静なボタン操作はできないし。

だから、僕は必要最大限の荷物をもって、外へ行く。

気が付けば、僕は明らかに、あいつと出会ってから健康的になった。
あいつと出会ってから生産的になった。

そう考えると、あいつは僕の味方なのかもしれない。
「活動しなさい、生産しなさい」とあいつはダミー餌の上から身を挺して、僕を良い方向へと導こうとしてくれている。
あいつは僕のために、僕に嫌われようとしてくれている。

僕はあいつを誤解していた。
あいつは僕を誰よりも想ってくれていたのに。

今日もきっと、僕が寝ようとすると、いつものように、
キッチンの下の棚からカサカサと音が聞こえてくるのだろう。
でもそれはもう不快音ではない。

僕に向けたあいつなりのチャントだ。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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